小説 3 バースディ・フール・3 田島から電話があったのは、まだケーキの飾りつけに四苦八苦してる時だった。 『よー阿部。今、家か?』 「おー」 オレは生クリームを、やっと冷めたケーキに塗りたくりながら応えた。 『お前、今日が何の日か、知ってっか?』 田島の声が鋭く響く。その鋭さにギョッとして、オレは手を休め、椅子に座った。 「ああ、知ってる」 田島は激昂すると、大声でわめく癖があるが……ホントに心から怒ってる時は、恐ろしいくらい静かになる。 3年間チームメイトやってきて、オレもまだ数回しか見た事ねぇ。 こいつ、今……猛烈に怒ってる。 『知ってて泣かせたんかよ。何があった? 三橋は泣くだけで何も喋らねーし。何した? タチの悪ぃドッキリか? ドッキリ仕掛けて許されんのは、エイプリル・フールだけなんだよ』 まさか、女連れ込んで追い出しました、とも言えず、オレは適当に誤魔化した。 「何もねーよ。けど、悪かったよ。今、三橋のケーキ飾りつけしてっから、家に帰れって言ってやってくんねー?」 『今、泣き疲れて寝てる。何もねぇのに、んななるまで泣く訳ねーだろ?』 田島が静かに訊いた。 電話越しなのに何でかな、試合中のような視線を感じた。敵に回すとやっかいなバッター、そのままの印象で。 『なあ、阿部。お前、恋人の誕生日、ちゃんと祝う気あるんだよな?』 恋人、って単語を強調して、田島が言った。 「恋人じゃねーだろ、夫婦な」 オレはてっきり、バッテリーの意味の夫婦を、言い間違ってんだろうと思ってた。 田島は日頃から、そういう勘違いや間違いをよくする奴だったし、とっさに思い浮かばねぇ単語は、適当に置き換えて喋る奴だったから。 「もうバッテリー解消したんだから、元夫婦だよ。つか、そんなのどうでもいーだろ」 『よくねぇよ!』 オレのセリフを遮るように、田島が小声で強く言った。 『お前、今、何つった!? じゃあ、お前は、三橋の恋人じゃねーのかよ? お前ら、付き合ってた訳じゃ、ねーってのか?』 「はあ? 何言ってんだ」 オレはホントに、何を言われてるか分からねぇで、言い返した。 「付き合ってる訳ねぇだろう」 だって、オレ達男同士だし。 そりゃ、嫌いじゃねぇけど……別に好きじゃねーだろう? いや、好きだけど……そういう「好き」じゃねーだろう? オレ達は元チームメイトで、現ルームメイト。それ以上でもそれ以下でもねーだろう……? と、そこまで考えて、唐突に思い出した。去年の夏の終わりの屋上で、三橋に呼び出された事。 ――阿部君が、好き、だ―― 何となく覚えてる、赤い顔。 あれは……あの「好き」は、どっちだ? 『阿部! 聞いてんのかっ!?』 田島が呼ぶ声で、オレはハッと我に返った。 『少なくとも三橋は、お前と付き合ってると思ってたぞ! オレだって泉だって、そう思ってた。そう見えた! だからお前との同居だって、反対しなかったのに! てめえっ!』 言うだけ言って、田島は電話を一方的に切った。 「……んだよ」 くそ、と吐き捨て、ケータイをテーブルの上に放り出す。 そしたら今度は、三橋の部屋の方から、着信音が鳴り響いた。 「あれ、三橋?」 ノックしてドアを開けたら、くそ散らかった部屋にはやっぱり誰もいなくて、ローテーブルの上にケータイが置き去りになっていた。 ケータイの隣には、財布もある。鍵も。 ケータイも財布も持たねーで、あいつ、困らなかったんかな? エプロンも外さねーで。 ……絶望を抱えて。 取り敢えず、三橋が田島んちにいると分かって安心した。泣いてるってのがちょっと気になったけど、それはもう謝るしかねーだろう。 オレは三橋がすぐ帰ってもいいように、ケーキと格闘を続けた。 けど、楽しくもねぇ単純作業ってのは、厄介だ。 集中できねぇし、頭を使わねぇから、ついつい考え事に浸っちまう。 オレがずっと、ぐるぐる考えさせられてんのは、勿論さっきの田島の電話だ。 オレと三橋が、付き合ってる、とか。 三橋に、恋人と……思われてた、とか。 そんな馬鹿な、と思う反面、思い当たる節が無い訳じゃなくて、そわそわ落ち着かねー気分になる。 誤解は、さっさと解いてしまいてぇ。 ちゃんと三橋に話して……誤解を解かなきゃならねぇ、と思う。 そんなつもりじゃなかった、って。 勘違いさせてたんなら謝るって。 ごめん、って。 けど、それって、泣かせることにならねーのかな? 笑って欲しくて、こんな、ケーキの飾りつけなんかしてんのに。 てか、さっき女連れてきた時点で、アウトだろ。 カノジョ、って紹介しちゃったし。 ……ああ、だから、絶望か? 花井が言ってたのは、このことか? 「くそっ!」 オレはもっかい三橋の部屋に入った。 そこに忘れられたケータイは、さっきからひっきりなしに着信が入って、何度も何度も耳障りな音を立てている。 たまりかねてケータイを手に取って、パカッと開くと……メールも電話も、相当数来てる。誕生日を祝う奴らからの着信。 オレ以外の皆からの祝福。 一緒に住んでたくせに、まだ「おめでとう」も言ってねぇ。 オレは三橋のケータイをテーブルに戻し、キッチンに戻った。 自分のケータイを拾い上げ、田島にメールを送る。 「三橋が起きたら、いつ帰るか訊いてくれ」 すると、しばらくして、田島から返信が来た。 ――三橋から伝言。オレが帰ったら、阿部君の邪魔になるから、明日帰ります、ごゆっくり。だってさ。ごゆっくりって何だ? ―― ああ、三橋は、まだあの女が居座ってると思ってんだろうか。 それとも、オレに対する嫌味かな? まさかな。 「鍵持ってねぇくせに。早く帰れよな」 オレはケータイに向かって呟いた。 当たり前だけど、返事はなかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |