小説 3
ガーディアン・4
塾の帰り道、コンビニを避けるかどうかで一瞬、迷った。
いつものように遠回りするか? 遠回りの理由を訊かれたりしないか?
でも、阿部と一緒なら怖くないかと思い、久し振りに、あの店の前を通ってみることにする。さすがに寄り道する勇気は出なかったけれど……あの時目撃した万引き犯はいなくて、三橋は心からほっとした。
「コンビニがどうかしたか?」
借り物の自転車で、三橋の斜め後ろを走っていた阿部が、探るように言った。
「う、あ、の。いつも寄り道してた、から」
三橋はとっさに、嘘を言った。
別に庇おうというつもりはないし、三橋が誰にも話さなくても、罪が消える訳じゃない。
でも……わざわざ言わなくてもいいだろうと思ったのだ。
「お前なぁ」
はー、とため息をつきながら、阿部が言った。一瞬、嘘がバレたのかと思ってキョドったが、そういう訳でもなかったようだ。
「家まで、んな距離ねーじゃねーか。まっすぐ帰れよな。大体、寄り道して何してた? 買い食いか? 立ち読みか?」
「う、ご、ごめん」
口うるさく注意されて、どもりながら謝ると、阿部は苦笑して「別に怒ってねーよ」と言った。
「早く帰ろうぜ、投球練習やんだろ?」
「う、お。うん!」
塾だけじゃなくて、投球練習も阿部の予定に入っていることに、三橋はちょっと驚いた。
投球練習は、三橋の大好きな時間だ。
勿論、本格的なブルペンなんかがある訳じゃなくて、手作りの9分割の的と自作のマウンドで、ひたすら投げ込むだけの地道な練習。
その間も、阿部は三橋の側にいると言う。
「遅い」とか「へろ球」とか、聞き慣れた低評価をされるのか、何も言われなくても失笑されるか……と思っていたのに、阿部は黙って縁台に座り、三橋の投げる様子を見つめていた。
そんな練習を見物してて、何が面白いのかは知らないが、阿部は文句ひとつ言わなかった。退屈そうにするどころか、球数まで数えていたようだ。
「次で120球だぞ、そろそろやめねーか?」
不意に声を掛けられ、三橋はぱっと阿部を振り向いた。
「う、え、で、でも……」
まだまだ投げたりないし、疲れてもないし。
キョドってどもりながらも、くい下がろうとした三橋に、阿部はニヤッと笑ってグローブを見せた。
まったく、いつの間に持って来て、どうやって隠して持ってたのか。いや、それだけ三橋が、周りを見てない証拠なのか。
「じゃあさ、最後にキャッチボール、しねぇ?」
あと10球な。軽くだぞ。クールダウンは念入りにしろよ。
阿部は口うるさく言ったけれど、三橋はその申し出に飛びついた。
だって……家族以外の誰かからキャッチボールを誘われるなんて、どのくらい振りかも分からないくらい、久し振りの事だった。
そうして、一緒にキャッチボールした後は、一緒に風呂に入り、一緒に夜食を食べ、一緒にちょっと勉強して、一緒の部屋で寝た。
部屋の明かりを落としてから、阿部が穏やかな声で言った。
「明日もよろしくな」
「う、ん」
三橋はふひっと笑って、彼を雇ってくれた祖父に、心の中で感謝した。
どうしてボディガードが雇われたのか……そんな疑問を抱くことは、なかった。
翌朝。慌ただしく阿部が着替える音で、目が覚めた。
「まだいいぜ。もう少し寝てろ」
そう言われても、屋敷の中も何だかいつもより騒がしくて、とても寝ていられそうにない。
三橋はベッドから飛び降り、パジャマのままで、阿部の後を追った。
阿部の行き先は玄関だった。祖父や伯母夫婦が、深刻そうな顔で石畳の一か所を取り囲んでいる。
「すみません、遅れました」
阿部はぺこりと頭を下げて、大人達の輪の中に入って行った。しかし、数歩遅れてたどり着いた三橋は……。
「廉君、見ない方がいいわ」
少しふくよかな伯母の胸に、ギュッと抱かれて阻まれた。
けれど、三橋は見てしまった。
猫の死骸。
それに付けられた、針金付きの荷物タグ。
そこに書かれていた言葉も、結局三橋は聞いてしまった。
――常負投手 口外するな――
「意味分かんねー」
阿部が、眉をしかめて言った。
「お前、何か心当たりある?」
三橋は首を振りながら、心の中でうなずいた。
実力もないのに、理事長の孫だからとヒイキされ、3年間エース投手に居座った自分。
そのせいで負け続けたチーム。
野球を楽しめなかったメンバー。
先輩の扱いに困る後輩。
いじめや嫌がらせを受ける理由なら、泣きたい程たくさんあった。
眉を下げてうつむいた三橋に、阿部はそっと近付き、力付けるように言った。
「お前はオレが、絶対に守ってやる」
(続く)
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