小説 3 ガーディアン・3 部屋に入ると、なぜか大きなダンボール箱が3つ置かれていた。 当然の顔で、阿部は部屋までついて来て、「お、届いたな」とダンボール箱を開けた。 「あの、それは……」 恐る恐る訊くと、これが着替え、これが勉強道具で……と、気前よく教えてくれるが、そういうことを聞きたい訳じゃない。 ど、どう訊けばいいのかな。 キョドりながら冷や汗をかいていると、ぶはっと阿部が吹き出した。そのままくっくっと肩を震わせ、「分かってんよ」と笑いながら……優しい顔して、三橋に言った。 「オレはじーさんに雇われた、お前の、ボディガードだよ」 阿部は、三橋と同い年でありながら、プロのボディガードをやってるらしい。 「あんま詳しくは言えねんだけど」 との言葉通り、ぼかしにぼかした説明によると……どうも幼い内から、適正のある子供達を集め、特殊な訓練を受けさせるような……そういう機関があるそうだ。 「意外と、オレら子供の方が重宝される場面も多いんだぜ」 阿部が、ちょっと誇らしげに言った。 例えば、要人の子供や孫のフリで潜り込める。野次馬のフリで偵察もできる。警戒されにくく、狙われにくい。その上、大人顔負けの体術や護身術を身に付けていれば……確かに、需要は多いのかも知れない。 彼の話は絵空事のようにも聞こえたが、三橋は素直に感心した。 「う、お、そしたら、さっきの、画鋲の時……」 あの時、護られたような気がしたのは、自惚れじゃなかったのか。 「コラ、笑ってる場合じゃねーだろう」 三橋がふひっと笑うと、逆に阿部は顔をしかめた。 「お前、2回目だっつってたな。1回目は何された!?」 瞬間、よみがえる下校時のやり取り。Son of a Bitch、報いを受けなきゃならない自分……。 「だ、大丈夫。ペットボトルの水、かけられただけ」 「ホントか?」 阿部は気遣うように三橋の顔を覗き込んだが、三橋がうなずくと、おし、と言って頭をポンと撫でた。 「そろそろ塾の時間だろ、行こうぜ」 「あ、べ君も来るの?」 尋ねると、「当たり前だろ」と言われた。何故だろう、スゴく嬉しい。 今朝は、あんなに「不運だ」と思った転校生の存在が、自分のボディガードと分かった瞬間、ラッキーに変わるなんて……ゲンキンだろうか? 「ぼーっとして歩くなよ」 「路駐の車にも、不用意に近付くな」 「道を訊かれたら、応えねぇですぐ逃げろ」 三橋のボディガードは細かな事にも口うるさかったが……。 「絶対にオレの側、離れんじゃねーぞ?」 日頃イジメを受けていて、殆ど無視されてばかりだった三橋は、特別素直に「うん」と言った。 塾の方にも、すでに阿部の席が用意されていた。 阿部は学業も相当優秀なようだ。数学の授業では、もっと効率的な解き方を披露したし、英語の授業では、講師の発音ミスを指摘した。 塾生徒間では当然、ライバルの出現かと色めきたった。 「どこからの転校生?」 「どこを受験するつもり?」 普段は三橋に無関心な皆が、阿部を取り囲んで質問する。 自分のボディーガードが優秀だと認められ、注目を浴びてるのは、素直に誇らしかった。こんなスゴイ阿部君は、オレの味方なんだよって、考えただけでぶるぶるする。 でも、あくまで注目を浴びるのは阿部で……阿部から少しでも離れてしまえば、三橋はまた独り、いてもいなくても分からないような存在だ。 トイレ、行こうかな。 阿部君は……皆と話してる、な。 阿部の笑顔は作り笑いだな、と三橋は一目で分かったけれど、自分に対してもそんな感じなんだから、そう特別なことじゃない。 側を離れるな、とは言われたけれど……塾の中は、安全だよ、ね? 三橋はふらっと立ち上がり、教室を抜けて廊下に出た。 と、同時に、大きな怒鳴り声が響いて来た。 「三橋ィ!」 「ひぃっ」 悲鳴とともに振り向いて、その悲鳴さえ口に引っ込む。 阿部が鬼のような形相で、人垣を突き破り、三橋の後ろを追って来た。あっという間に追いつかれ、胸倉つかんでガクガク揺すられ、三橋はぐるぐると目を回した。 「てめぇ、側を離れんなって言っただろ! オレの言うことが聞けねーのか!?」 阿部のその言動は、ボディーガードにあるまじき乱暴さだと……ちょっと思ったけど、言えなかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |