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小説 3
廃王子は夜に啼く 2
 ミハシ王子は、前国王の一人息子だ。
 だから本当なら、父王亡き後、彼が王位を継ぐハズだった。しかし国民に何の説明もないまま、ミハシ王子は廃位され、継母である前王妃が女王となった。
 それから約1年。前王の喪が明けるのを待って、女王の連れ子の弟王子が、間も無くの戴冠式を控えてる。
 廃位されて以来、ミハシ王子は行方不明だった。どこかの塔に幽閉されてるとか、重い病気で闘病中なのだとか、密かに処刑されたのだとか……口々に噂されてたけど、まさか王城の地下牢に入れられてるとは思わなかった。



 オレ達は、いや王子を背負ったオレは夜通し走り、森を抜け、夜明け頃に向こう側の小さな町に到着した。
 腹も減ってたけど、何よりちょっと休みたかったし、寝たかった。そして落ち着いてから、王子の足の様子も見たかった。
 最初に目に付いた宿屋の軒先に座り込んで、夜が明けるのを待った。

 王子に、まだネズミのにおいが染み付いてんのか、やたらと野良猫が近寄ってくる。中には、目元が白くただれた病気持ちの猫もいて、追い払うのに苦労した。
 こいつ、ネズミと一緒に寝てたもんな。
 昨夜の牢の中を思い出す。
 毛布の中に入り込ませて、よく噛まれたりしなかったよな。
 牢の中で着てたボロは、燃やして捨てたけど、やっぱちゃんと風呂に入らねぇとダメなんかも。
 

 猫に手こずってる間に、宿屋が開いた。
 食事と泊まりを頼めるか聞くと、部屋が空くまで食事しながら待ってて欲しいとか言われた。
 まあ、そりゃそうだ。
 夕方現れる客はいても、早朝にやって来る客は少ねーよな。
 オレは王子を宿屋のイスにそっと座らせた。それから肩を回し、首を回して筋肉をほぐした。
「ごめん、ね、オレ、重かった」
「イヤ全然。つか、むしろ軽すぎてごめんって感じだぞ。食えるだけ食っとけよ」
 オレは手を挙げて店員を呼び、こいつに温かくて消化の良いものを、っつって頼んだ。まあ何か適当に作ってくれんだろう。オレにはパンとスープとサラダを頼み、イスに座ってあくびをする。眠ぃ。

「アベ、君。聞きたいことが、ある」
 薄めたシチューを、ゆっくりと口に運びながら、王子が訊いた。
「オレ、に用事があるの、は、誰だ?」
 琥珀色の大きな目が、オレをじっと見つめてる。痩せこけた顔に、目だけがやけに印象に残る。ガラスのように無表情で、色々なものを諦めた瞳。
 オレは直視できねーで、パンをちぎるフリして視線を逸らした。
「魔導師会だよ。生きてるから連れて来いってさ」
「何、で?」
「訊きたいことがあるんだってさ」
 オレはちらっと、王子の右手を見た。王子はしばらく黙ってたが、また右手にスプーンを持って、ゆっくりとシチューを食べ始めた。


 食事が終わった頃、出発する人がちらほら出たので、ようやく部屋が空いた。オレは王子を横抱きにして、二階に上がった。部屋はそう広くないが、ちゃんとベッドが二つある、二人部屋だ。
 もうすぐにも寝たかったが、まずは王子の足が診たい。ベッドの上に伸ばさせて、懐から取り出した杖を、足に当てる。
 骨折治癒魔法。
 すると折れた骨がギチギチ動き、王子が悲鳴を上げてベッドの上を転がった。
 すぐに魔法を解除する。ダメだ、こんな悲鳴、聞いていらんねぇ。

「悪ぃ、すぐにはムリだ」
 オレは謝って、杖をしまった。
「魔法、でも、ダメ、なの?」
 絶え絶えに息をしながら王子が訊いた。
「いや、すぐにはっつーか、簡単にはムリなだけで。師匠クラスなら一発で治せっと思うから、もうちょっと我慢してくんねーか?」
「もうちょっと、って?」
「魔導師会本部に着くまで。オレ、今日みてーに連れてってやっからさ」
 それは半分本気だった。人の悲鳴聞きながら魔法を続けんのは、すげー勇気と精神力がいるんだ。そんな苦痛を受けるより、この軽い少年を背負い続ける苦痛の方が、はるかに楽だ。

 少なくともあの悲鳴は、寝る前に聞きてー声じゃねぇ。

「あんな。悪ぃけど、足の事は後にして、寝かせてくんねーか。夜通し走って限界なんだ」
 オレは上着をハンガーにかけ、靴を脱いでベッドに倒れ込んだ。
「あ、う、ごめん。気が利かなく、て」
「お前も寝ろよ……」
 王子の謝罪を微かに聞きながら、オレは呟いて目を閉じた。泥のように眠った。


 夢の中で、ニャーニャー猫の鳴き声がしたような気がした。
 ちらっと薄目を開けると、ミハシ王子が右手で黒猫を撫でている。黒猫はゴロゴロと喉を鳴らし、王子の右手に擦り寄った。


 右手。普通の手に見えるけどな。


 オレはぼんやりと、そんな事を考えながら、また深い眠りへと墜ちて行った。

(続く)  

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