小説 3
メダリオン・9
明かりを近付けて、すぐに分かった。
どれもそうだ。どれも同じで、どれもおかしい。
どの骨にも、頭がねぇんだ。
いや、頭骸骨はある。けど……胴体と頭と、全部バラバラに転がってる。
頭だけ喰いちぎる? バカな。だったら、手や足だって、ちぎられてもおかしくねぇ。
けど、どれもそんなことにはなってねぇ。頭だけだ。
こんなこと、バケモノがすんのか?
……違うんじゃねーのか?
イルカも通れねぇ穴。
丸呑みにされるハズの生贄。
首を落とされた骸骨。
「殺される」ところを見た人魚。
あの臆病な奴が、それでもここに来れたのは、自分が「殺されねぇ」って知ってたからだ。
それは、何でだ……?
考えてる内に、日が暮れた。
最後の夜。
満月の14日後は新月で、月の無い夜がこんなに静かだとは、思っても見なかった。
今日の食事は、りんごとオレンジが1つずつで、後はたくさんのワインだった。
もし人魚と話さねぇで、何も気付かねぇで、全部を信じたままだったら……去年までの奴らと同じく、酔ってこの夜を過ごしたんかな。
そりゃ、さぞ殺しやすかった事だろうな。
洞の真ん中で寝転がって、少しずつ明けて行く空を眺めてると、じゃぼん、と大きな水音がした。
敵は海から来ねぇ。分かってるけど、やっぱ油断は出来なくて、息を殺して身を伏せる。
ちゃぷ、と水を掻き分ける音。たしっ、と岩場に手を着く音。カツンと何かが当たる音。
そして、誰かがひぅっと息を呑んだ。
「メダリオン!」
誰かが叫んだ。
「メ、ダリオン、まだいる?」
ゆっくりと朝日が差して、岩場を照らした。
まぶしそうに目を背けるのは、夢にまで見た人魚だ。
「お前……」
ようやく会えた。最後の最後に。
泣いていいのか笑ってんのか、自分でも分かんねぇ。オレはギクシャクと立ち上がり、岩場まで駆け寄った。
けど人魚は、オレが近付くより先に、またドプンと海に戻った。
泣きそうな顔で、オレを見てる。海面から顔だけ出して、浮かんでる。
まだこの間の事、気にしてんだろうか。
オレが悪かったって、言い過ぎたって、今、謝るべきなのか?
戻って来て欲しいって、手を差し伸べるべきなのか?
胸がいっぱいで何も言えねぇでいると、人魚が、白く長い何かを頭上に掲げ、それをえいっと投げて来た。
片手で受け取ると、意外に重い。
「何、これ?」
まさかと思って尋ねたら、人魚がまた言った。
「メダリオン、使って」
「それ、オレのことか? 何でメダリオン?」
オレは苦笑しながら、投げられたそれを見た。
握りの良い柄と、鞘。そっと抜いて見ると、真珠色に輝く骨刀が現れた。
は、と思わず息が漏れた。
最上級の鯨骨刀だ。儀式に使う飾りじゃなくて、本物の実用刀。
「お前、これどうした?」
びっくりして尋ねたら、海に浮かんだまま、人魚がオレにチェーンを見せた。
その、仕草……。ドキッとした。見覚えがあった。
あれは確か、夕焼けの海。
海に投げ捨てたメダリオンを、拾って届けてくれた少年。
代わりに、豪華な首飾りをくれた。
海の真ん中に、何で子供が浮かんでるのか。あの頃は自分も幼くて、不思議にも思わねぇで忘れてた。
「ごめんな、さい。オレ、あれ手放した」
人魚が、頭を下げた。
チェーンには何も付いてなかった。
「見、殺しにしないの、武器、いる、から。こ、交換した」
やっぱ、オレの言った事、気にしてたんだな。
罪悪感に胸が痛む。
「あん時、言い過ぎた。見殺しなんて言って、ごめん」
オレが頭を下げると、人魚は「でも」と言った。
「ほ、ホントは返そうって思ってた、のに。見せてあげたら、喜ぶかって」
全く、どこまでこいつは優しいんだろう。
臆病だけど、正直で律儀だ。
「気にすんな。あれは捨てたって言っただろ」
笑顔で言ってやると、人魚は少し頬を緩めた。
けど、と思う。
母の横顔の彫られたメダリオンは、確かに金でできていた。
だが、いくら金でも……この鯨骨刀と交換じゃ、安過ぎねぇか?
それに何でさっきから、こいつ、ずっと海に浮かんだままなんだ?
気のせいか、浮かぶの下手になってねぇか?
「あんがとな。こっち来いよ。顔をよく見せてくれ」
オレは人魚に手を差し伸べた。
けど人魚は首を振って、ちょっと後ろに下がった。
顔が赤い。
もっかい声を掛けようとした時……上の方で、ドガンと鈍い音が響いた。入り口の鉄扉が閉まった音だ。
閉まったって事は、一旦開いて、誰かが中に入ったって事だ。
人魚が怯えて、ビクンと震えた。
はくはくと口を開き、階段の方を指差して、何か言いた気に首を振る。
言いたい事は、分かってた。
オレは人差し指を口に当て、人魚に隠れてるよう合図した。
白装束の背に白い鯨骨刀を隠し、「生贄を欲しがるバケモノ」を待つ。
長い階段をゆったりと降りて来た「バケモノ」は、楽しげにオレに言った。
「さすが王族の方は違いますね。毎日きちんとお食事を取りに来られたのも初めてなら、全くの正気でこの日を迎えられたのも、記録の残る限り、初めてですよ」
その手には、およそ儀式には似つかわしくねぇ、大きな牛刀が握られていた。
(続く)
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