小説 3
メダリオン・1 (王子阿部×人魚三橋)
レン
それは、レンが6歳の時だった。
何かがキラキラと光りながら、海の底へと落ちて来た。
あ、と思った時には、泳ぎ出していた。
確かこの辺に落ちたハズ。そう当たりをつけて、レンは海底を見回した。
やがて見つけたのは……砂に少し埋もれながらも、鈍く光るメダリオン。
レンはそれを拾い上げ、遥か頭上を仰ぎ見た。
夕日を受けて、朱色に揺れる水面。
それを遮って黒々と浮かぶのは、大きな船だ。
誰かが今、そこで落としたに違いない。
どうしよう?
さすがに少し、ためらった。
船にはヒトが乗っている。ヒトは恐ろしい生き物だから、近付いてはいけないと、周りからも常々言われてる。
けれど……。
ヒトがそう上手に泳げないことも、レンは知っていた。
まず、遠くから様子を見るなら、大丈夫じゃないかな?
レンは思った。
危険なら、さっと潜ってしまえばいい。
ちゃぽんと、水面に顔を出す。
夕日が眩しい。
大きな帆船が、夕日を背にして、ゆっくりと進んでいる。
その帆船の甲板に、同い年ぐらいの少年が一人で立っていた。
他に人影はない。
帆船に沿ってゆっくりと泳ぎながら、レンは少年をじっと見た。
黒い短い髪が、夕日の中にくっきりと映える。
少年は遠くの海を見つめていた。
ふと、目が合った。
少年は驚いたように口を開け、けど、何も言わなかった。
レンは、少年によく見えるよう、拾ったメダリオンを掲げ持った。
「いらない」
少年は言った。
「捨てたんだ」
レンは、手の中のメダリオンをしげしげと見た。
金細工だろうか? 凝った模様が彫られてる。金具にはチェーンが通されて、ペンダントのようになっていた。
「じゃあ、オレが貰っても、いい?」
レンが訊くと、少年は「捨てたんだから、好きにしろ」と言った。
だったら、遠慮なく貰っておこう。
海の中のものは、見つけた者のものだ。
いそいそとメダリオンを首に掛け、代わりに自分のネックレスを外す。
貝と真珠と珊瑚と魚の骨でできた、御守りのようなものだ。
メダリオンのように凝った細工はされていないが、海神の加護を受けている。
そのネックレスを、レンは少年に放った。
少年は、見事に両手で受け止め、目を見張った。
「お礼、だよっ」
そして、少年の気が変わらないうちに、さっと船から遠ざかる。
手を振るでもなく、さよならを言うでもなかった。
ただレンは、沈む夕日の中、ゆっくりと小さくなる帆船を、日が暮れるまで見送った。
今思えば、きっとその頃、自分はヒトを真に怖がってはいなかったのだろう。
あんな真似、今ではとても出来ない。
ヒトは恐ろしい生き物だ。
強欲で、凶悪だ。
根も葉もない噂ではなく、この10年の間に、レンはそのことを実地に学び、目の当たりにしていた。
一緒に泳いでいたイルカに、突然銛が撃たれた事もあった。
また逆に、ヒトの死体が幾つも海に投げ込まれていた事もあった。
食べたり、縄張りを争ったりする以外で、生き物を殺す者は海にいない。
また、同族同士で殺し合う者も、海にはいない。
ヒトとはそういう生き物で、だから無闇に近付かない方がいいのだ。
(続く)
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