[携帯モード] [URL送信]

拍手Log
豆を買ったら
 豆屋さんおススメのコロンビア・コロナは、彼の言う通り、チョコバニラみたいな甘くていい香り、だった。
 お試しで豆を挽いて貰い、ペーパードリップで淹れたコーヒーを、タカとオレと1杯ずつ貰う。
「お前が淹れたんじゃねーと、ホントの味は分かんねーよな」
 タカはいつもそうやって憎まれ口を叩くけど、豆屋さんのことはちゃんと認めてるの、知ってる。
 うちからこの店まで結構距離があるのに、毎月こうやって一緒に来てくれるのがいい証拠だ。もっと近くに他の豆屋さんもあるけど、よそで買おうって話には1度もなったことがなかった。
 いっぱいのコーヒー豆に囲まれた店に、コーヒーのいい匂いが漂う。
 レーダーチャートに示された通り、苦みはほんの少し弱い。けど、甘みも酸味もコクも香りも、バランスよく揃ってて、癖がなくて飲みやすい。
 もうちょっと深くローストすると、もうちょっと苦みが出るのかも知れないけど、そしたら今のバランスは崩れるだろう、し。やっぱりこのくらいの焙煎がベスト、かも?

 コーヒーの焙煎は、ハマると抜け出せない、底なし沼なんだって。
 うちのカフェは「ムリしない」のが決まりだから、焙煎も専門家にお任せだけど、中には自家ローストしてるカフェなんかもあるらしい。
 自分でローストした豆を自分でブレンドして、自分で挽いて、自分で淹れて……って。考えるとちょっと憧れないでもないけど、大変そうだなって、しみじみ思う。
 オレが大変になると、オーナーのタカの負担が増えちゃう、し。それだと意味がないから、やっぱり今のままが最適、だ。
「今度の豆は、コレに、する?」
 飲み干した紙コップをゴミ箱に捨てながら、隣に立つ恋人に尋ねる。
「そーだな、フルッタメルカドンは思いっ切りフルーティだったし。今度は違う風味でいーんじゃねぇ?」
「う、ん」
 タカの言葉にうなずいて、豆屋の巣山君に目を向ける。巣山君もうなずいて、伝票を取り出しサラサラとそこに書き込んだ。

「よし、じゃあ1袋、また店の方に配送しとくな。他に注文はいーか?」
「そーだな、アイスコーヒーのが少なくなってたよな?」
 タカの言葉に、「そう、だね」とうなずく。
「アイスコーヒーの豆ね。最近暑いもんな。お前らはいつも熱いけどな」
 巣山君の軽口に、真顔で「まーな」って答えるタカ。そんな2人のやり取りが、ちょっと楽しい。
「あ、うち今日から3連休だから。豆は木曜到着で頼む」
「へーえ、3連休。いーじゃん。ゆっくり過ごせよ」
 巣山君に言われて、うへっと笑えた。
 そういう巣山君は、休日に何してるんだろう? ショッピング? それともやっぱり、趣味と実益を兼ねた焙煎、かな?
 豆の注文を済ませた後、自分ち用にコロンビア・コロナを500gだけ買って、「じゃあ、ね」って豆屋さんを後にする。
 外はいい天気で、もうちょっとのんびり散歩したい気分。でも、早く家に帰って、自分でコーヒー、淹れてみたい気もする。

「け、ケーキ、買って帰ろう、か?」
 駅への道を2人並んで歩きながら訊くと、タカは「そーだな」って笑って、オレの肩に腕を回した。
「栄口の店は定休日だから、たまには別のケーキ屋もいーな」
「うお、そうだ、っけ」
 定休日って言われてビックリしたけど、そういえば休みの日に栄口君の店に行くことってなかったし、忘れてた。
 でもよく考えると、ケーキセットのケーキのこともあるから、ケーキ屋さんがお休みの日には、ケーキが買えない。だったら、定休日が一緒なのは普通、かも。
「たまにはよそのカフェで、よそのケーキセット食うのもいーな」
「いい、ねぇ」
「天気もいーし、オープンカフェだな」
 そう言われると、カフェデートもいいなって、ちょっと思う。けど、買ったばっかのコーヒーを試してみたい気もする、し。どうし、よう?

「う、でも、オレ……」
 腕に抱えたコーヒー豆に視線を落として考え込むと、タカは隣を歩きながら、ふはっと笑ってオレの頭をポンとした。
「分かってるって。今日はケーキ買って、おうちカフェな」
 おうちカフェ、って。タカに似合わない可愛い言い方に、ちょっと笑える。
 オレの気持ち、言わなくても分かってくれるの嬉しい。オレのコーヒー、好きって言ってくれるのも嬉しい。ケーキ、一緒に食べてくれるのも嬉しい。
「タカ、好き、だ」
 そう言ってぎゅっと抱き着くと、タカも笑って「オレも」ってぎゅっと抱き締めてくれた。

   (やっぱりレンが淹れたんじゃねーと)

[*前へ][次へ#]

7/154ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!