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にわか雨の後 (水谷視点)
 ゴールデンウィーク最終日、バイト先のカフェに出勤するべく駅を出ると、雨がパラパラ降りだした。
 あれ、天気予報、雨が降るって言ってたっけ?
 少々焦りながら走り出し、まだ人通りの少ない道を駆ける。オレと同様、雨に降られた人も多いみたいで、余裕の顔で傘を差してる人は少ない。
 道端の軒先で雨宿りしながら、ケータイと空とを見比べてる人もいる。天気予報でも確認してんのかな? 雨、降るっていってなかったよね?
 バイト先のカフェの軒先にも、数人の人が雨宿りしてるのが見える。
 うちのカフェは、テラス席全体を雨除けのでっかい屋根で覆ってるから、雨宿りもしやすいだろう。
 晴れの日は勿論、日よけにもなる。
 普通、カフェっていったら各席に日よけパラソルを立ててるイメージだけど、それだと毎日の準備と片付けとメンテが大変だから、屋根つきにしたんだって。
 「ムリしない」設計だってオーナーは言うけど、合理的っていうか、色々面倒臭がりだなぁと思う。
 ただ、こんな雨の日には屋根の存在って有難い。今の季節だとちょっと肌寒いかもだけど、雨を眺めながらオープンテラスでホットコーヒーを飲むのって、イイよね。

 1ヶ所だけ半開きになってるダークグリーンのシャッターから店内に入り、「おはようございます」と声を掛けると、厨房の方から既に黒服に着替えたオーナーが、「おー」と不機嫌そうな声を上げた。
 その声のトーンで、お邪魔しちゃったんだなって分かる。
 キスでもしてたのか、する直前だったのかは知らないけど、職場でイチャイチャはホント勘弁して欲しい。まあ慣れたけど。
「外、雨降ってますよー」
 不機嫌そうなオーナーをスルーして、奥のロッカールームに向かうと、厨房からバリスタの三橋さんが、「水谷、君。ホン、ト?」って顔を出した。
 コーヒー豆を挽いてたのか、ふわっといい匂いが漂ってくる。
 人見知りで挙動不審なトコのあるバリスタだけど、三橋さんの腕はいいらしい。わざわざここのコーヒーを飲みに通う人もいるんだから、パリで何とか賞を貰ったっていうのも、伊達じゃなさそうだ。
 ロッカールームで制服に着替え、短いカフェエプロンを身に着ける。
 7分袖のシャツとスラックスは、コーヒーに似た色のダークブラウン。エプロンとキャップは、屋根と似た色合いのダークグリーン。
 可愛いっていうよりはスタイリッシュな感じの制服だけど、バイトの女の子が着てるの見ると可愛いし、オーナーとはお揃いじゃないから、オレは十分満足だ。

 このゴールデンウィーク中、すっごく忙しくて大変だったけど、それも今日で終わりだと思うと、ちょっと寂しい。
 雨降ってたけど、今日の忙しさはどうだろう?
 ロッカールームの外に出ると、開店の5分前。
 ケーキケースにも「今日のケーキ」が3種類並んでて、キラキラですげー美味そうだ。
 このケーキは、近所のケーキ屋さんから特別に取り寄せてる、ABMHカフェ限定のケーキらしい。ケーキの種類は日替わりで、ケーキ屋さんのお任せだって。
 パティシエはオーナーやバリスタの友達らしいけど、2人とも変わってるから、きっとパティシエも変わった人なんだろうなぁ。
 まあ、どんなに変わった人でも、ケーキが美味しければそれでいい。
 オレの口にはまず入らないケーキだけど、ケーキセットの注文を受けた時、トレーに3種類載せて見せて「わあー」って言われると、ちょっと嬉しい。
 ケーキをトレーに載せ、わざわざ客席を歩くのは、ケーキメニューがないからっていうより、他のお客に見せびらかせてる意味もあるんじゃないかなって思ってる。
 「わあ、ケーキ食べたい」なんて声が聞こえる度、オーナーがニヤッと笑ってんの見たことある。

 オーナーは黒い。
 髪も服も真っ黒だけど、多分その中身も黒い。
 本人に言うと、「美味いコーヒーばっか飲んでるから、コーヒー色に染まんのは仕方ねぇ」とか惚気られそうだけど、ホントにブラックだと思う。
 そんなブラックなオーナーだけど、女性のお客さんに人気で、ちょっと納得できない。
 女子バイトの篠岡も、やっぱりオーナーみたいな男がいいんだろうか?
 まあ、バイトを始めれば中身の残念さと溺愛ぶりに気付くだろうけど、それまでは分かんないよねぇ。
 はあ、とため息をつきながら、明かりの点いた店内で開店準備をすませる。
「シャッター開けるぞ」
 オーナーが一言告げ、壁のシャッターボタンを押した。わずかな機械音と共にダークグリーンのシャッターが徐々に上がり、店内に外の光が入ってくる。
 開いてる途中のシャッターから、メニュー黒板を出すべく外に出ると、雨は止んでて太陽が出てた。

 雲の合間から光が差し、空に大きな虹がかかってる。
「オーナー、虹ですよ!」
 嬉しくなって思わずオーナーに声を掛けると、オーナーは無愛想な顔で「はあ?」ってオレを見て、そのまま店内に戻っちゃった。
 いや、別に、オーナーと一緒に虹を見上げたかったとかそんなんじゃないけど、その態度はヒドくない!?
 弾んだ声を上げちゃった分、ちょっと空しい。
「はあー……」
 ため息をついて肩を落とし、メニュー黒板の位置を確かめる。
 黒板に書かれてるのは、ランチ開始時間のお知らせと、「今月のコーヒー」の銘柄のお知らせ。
 ダークグリーンの黒板に、白とピンクの文字が可愛い。書いてるのは、あの可愛くないオーナーだって知って、最初は驚いたものだった。
 バリスタがコーヒーの勉強してる間、オーナーはカフェ経営とか、こういうメニュー看板の書き方とか、色んな勉強したんだって。

「すみませーん、もういいですか?」
 お客さん1号に声を掛けられ、「はいっ」とキリッと顔を上げる。
「いらっしゃいませ。すぐにメニューをお持ちします」
 にこやかに丁寧に挨拶し、急いで店内に戻ってメニューを抱え、お冷やを2人分用意する。
 店内に戻ると、やっぱりコーヒーのいい匂いが満ちていて、今日も忙しそうだなぁと思った。

   (三橋さん、虹ですよー)

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あきゅろす。
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