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ペパーミントの日のバイト (水谷視点)
 今日は朝から暑かったせいで、冷たいモノがよく売れた。
 オレは夕方からのことしか知らないけど、ちらっと覗いた厨房の作業台に、アイス系のドリンクのプレートばっか並んでたから、間違いない。
 日陰になってるオープンカフェで、風を感じながら冷たいドリンクを飲むって、いかにも夏の光景って感じ。
 まあ実際はまだ梅雨だし、風があっても蒸し暑さはなくなんないけど、それは言っても仕方ない。
 平日の夕方、仕事帰りの会社員や学校帰りの学生たちが、ふらっとオープンスペースに立ち寄り、冷たいモノを頼んでいく。
「パフェと、季節のアイスクリームですね。かしこまりました」
「アイスコーヒーですね。少々お待ちください」
 お客さんのオーダーを復唱しながら端末を操作し、印刷された伝票をテーブル上の透明な伝票入れに丸めて挿し込む。
「オーダー入りまーす。パフェ、アイスクリーム、アイスコーヒー」
 厨房を覗いて声を掛けると、バリスタの三橋さんがわたわたとこっちを振り向いた。

 厨房、1人きりじゃ大変じゃないかと思うのは、こんな時だ。でも、前にもう1人スタッフを入れると、誰が何を作ったか作ってないか分かんなくなって、余計に混乱したらしいから、仕方ない。
 三橋さんの手伝いが阿吽の呼吸でできるのは、今のところ、オーナーの阿部さんだけらしい。……と、オーナーは主張してる。
「パフェ、アイスクリーム、はい。アイスコーヒー、はい」
 とつとつと復唱しながら、三橋さんが作業台に色の付いたプレートを並べる。
 その横で、オーナーがアイスドリンク用のタンブラーに、製氷機の氷をざらざら入れていく。
 オレは代わりにケーキケースからケーキのサンプルを取り出して、銀盆に載せ、端末の番号を頼りにケーキを選んで貰いに行った。
 夕方だけあって、ケーキケースの中は残り少ない。ひんやりと冷たくて、ふわっと甘い匂いする。
「本日のケーキは、メロンのケーキとブルーベリーのチーズタルト、チョコミントケーキになります。どれか1つお選び下さい」

 説明しながらケーキを見せると、「わあー」とたまに声が上がるのもいつものことだ。
「選べなーい」
 そんな言葉に、心の中で「ですよね〜」って同意する。
「持ち帰りとか、できないんですか?」
「できないんですよ〜」
 ぺこりと頭を下げて断ると「ええー」と言われたけど、仕方ない。うちはケーキ屋さんじゃないし、持ち帰りのケーキ箱も何もない。
「じゃあ、メロンので」
「かしこまりました。もう少々お待ちください」
 ぺこりと頭を下げ、ケーキを見せびらかしながら、ゆっくりと厨房の方に戻る。

「すみませーん、ケーキ見せて貰えますか?」
 戻る途中で、そんな声を掛けられるとちょっと嬉しい。
 オーナーの策略に、オレもハマってる? 真っ黒そうなオーナーの影響を受けてるとかぞっとしないけど、うちのケーキは美味しいし。余らせるよりは食べて欲しい。
 あ、でも、オレが貰って帰れるくらいは余って欲しい。
「ケーキセット、追加入りまーす」
「ケー、キ、はい」
 三橋さんの復唱を聞きながら、メロンのケーキを皿に載せ、もう1つ追加のケーキを用意する。
 トレーに載せられた色つきのプレートを確認しながら、出来上がったものを客席に運ぶ。
 妙なトコでアナログだから、フロアスタッフが把握しなきゃいけないことは、すごく多い。けど、オーダーもデジタル画面にしちゃうと、三橋さんが大変だって言うんだから、仕方ない。

「お待たせしました、アイスレモンティです」
 オーナーが作っただろうレモンティを運び、伝票に配達済みのチェックを入れる。
 オープンスペースは、夕方になっても蒸し暑い。テーブルの上のお冷やのグラスも汗をかいてて、そりゃあノドも乾くよなぁと思った。
 厨房に戻ってお冷やの入ったポットを運び、客席を静かに回って減ったグラスを満たしていく。
 カラコロと鳴る氷。
 お冷やを飲み干し、立ち上がるお客を追い駆けて、レジに向かい、会計を済ます。
 夕方だけど、結構忙しい。厨房も同じく忙しい。けど、「ムリしない」のが決まりのカフェだから、お客のあしらいも無理しなくてよくて、その辺は気が楽だ。
「客なんかちょっとくらい待たせても平気だって」
 平然と言い放つオーナーは、ちょっとどうかと思うけど、「お待たせするな」ってガミガミ言われるよりは楽だし。忙しくても気にしない。

 閉店後、ケーキが1つも余らなくてガッカリしてると、同じく三橋さんもガッカリしてて、ちょっと和んだ。
「うう……チョコミン、ト……」
「ああ、あれ美味しそうでしたよね〜」
 オーナーが横で「そうか?」って眉をしかめてたけど、甘いモノ好きじゃなさそうな男の意見は、さくっと無視だ。
「じゃあ代わりにこれ、よかったら」
 そう言って、カバンからミントキャンディを取り出し、袋ごと差し出すと、三橋さんはそこから1粒だけ取り出して、「ありが、とー」ってにへっと笑った。
 無邪気な笑顔には癒されたけど、オーナーには睨まれた。

   (オーナーもいります? あ、帰ります)

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