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雨の日のオーダー
ゴールデンウィークには大忙しだったカフェも、梅雨入りを迎えるとようやく少し暇になる。
売上のこと考えるとそう喜んでもいらんねーけど、そこそこ暮らしてけりゃ十分だし。「ムリしない」経営を目指してんだから、集客にも無理しねぇ。
それに、わざわざ客のいねぇ時期を選んで入り浸る常連客もいるみてーだし。逆に長居できるっつーんで、幸いにも閑古鳥が鳴くって感じにはなんなかった。
雨が降るとオープンスペースじゃちょっと肌寒いと思うけど、敢えてそこを選んでホットコーヒー飲もうとするような連中もいる。
けどまあ確かに、ちょっと寒い日にはレンの淹れたホットコーヒーが1番だよな。
「お待たせしました。『今月のコーヒー』、コロンビア・コロナです」
銀盆で運んだホットコーヒーを、オープン席で待つ客の元に運び、そっと置く。
湯気と共に立ち上がる、チョコバニラの甘い香り。それをすうっと吸い込んで、客が嬉しそうにカップを取る。
一口飲んではあっと頬を緩めるのを見ると、「だよな、美味いよな」って言いたくなる。まったく、レンの淹れるコーヒーはいつだって最高だ。
「ごゆっくりどうぞ」
伝票を丸めて透明な伝票入れに挿し入れ、軽く礼をして立ち去る。
屋根を打つ雨の音。車が水を跳ねながら、時折歩道の向こうを通過する。オープンスペースから1段低い歩道を、傘を差した通行人が歩いてく。
オープンスペースから歩道にかけて、屋根を大きく張り出させてあるから、急な雨の日なんかは雨宿りに使う連中もいる。
そのままふらっと来店したりもするから、雨宿りも悪い事じゃねぇ。
いっそテイクアウトもやってりゃ、買ってく客も増えるかも? 一瞬そんな考えが浮かんだけど、考えるまでもなく面倒なのは分かるから、却下だ。
持ち帰り用の容器、フタの手配、シュガーとミルクの手配……ゴミ箱もいるだろうし、面倒臭ぇ。何よりレンに負担がかかる。
「ムリしない」経営をっつってんのに、忙しくなり過ぎんのは本末転倒だろう。売り上げが多いに越したことはねーけど、無理して儲けようって頑張り過ぎる必要もねぇ。
店内に入ると、のんびり居座ってノーパソを広げてた客が、「すんませーん」と声を掛けて来た。
「はい、何でしょう」
「カフェラテ、もう1杯。今度はクマちゃんで」
クマちゃんってガラかよ、と心の中で思いつつ、「かしこまりました」と頭を下げ、ハンディ端末にオーダーを打ち込んで伝票を更新する。
「カフェラテ、クマちゃん」
厨房に顔を出し、恋人のバリスタに声を掛けると、にへっと笑顔でうなずかれた。
「カフェラテ、クマ、ちゃん。はい」
同じ「クマちゃん」でも、レンが口にすると不思議に可愛い。レンが描くクマちゃんも可愛い。当然だけど、レンも可愛い。
にこにこ笑いつつも、その手つきはいつも通り鮮やかで真剣だ。
カフェラテに使われるのは、エスプレッソ。温めたカップにエスプレッソを注ぎ、エスプレッソマシンでスチームさせたミルクを、その上から注ぐだけ。
その注ぎ方によって、色んな柄を作るんだから、スゲェ。
「そーっと注いで、きゅっと上げる」とか「対流、が」とか何とか前に説明されたけど、正直、ちっとも分かんなかった。
特に何も言われねー時は、真ん中に丸い円を浮かべるように作る。これにも一応名前があるみてーで、一般的には「モンクスヘッド」、修道士の頭って呼ばれるらしい。
普通に「まる」とか「月」でいーんじゃねーかと思うけど、この辺の感覚はよく分かんねー。ザビエルかよ、って思うと、ちょっと笑える。
「でき、た」
「おー」
完成された「クマちゃん」を受け取り、客の元に運んでく。
同時に「すみませーん」とレジ前で声を掛けられ、別の客の会計を済ませる。
ちっとも忙しくねぇ、雨の平日。けど、客が途切れることは幸いねーし、これくらいのんびりの方が楽でイイ。
厨房に顔を出し、レンとのんびりすることもできる。
パシリがいねーと、外にも気ィ配ってねーといけねーし、厨房に入り浸りにはなれねーけど、たまには2人きりもいいだろう。
「雨、まだ降って、る?」
手拭いで手を拭きつつ、レンがちらりと客席に目を向けた。
「そーだな、ちょっとチラついてんな」
「今日は、パフェ、出ない、ね」
「まあ、寒ぃよな」
そんな会話を交わしつつ、店内を見回し、外を見回す。
オープンスペースの屋根を打つ雨音も、厨房にまでは届かねぇ。けどレンはレンで、オーダーの中身から外の様子を察してるらしい。
見てるとこ違うんだなって、そんな発見も愛おしくて可愛い。
また1人、オープンスペースに客が座るのを見て、メニューを開くのを待ち、レンの元を離れる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
水とお絞りをそっと置きながら尋ねると、客は合皮表紙のメニューを眺め、「ブレンド」とまた、温かいものをオーダーした。
(ブ、レンド、ホット、はい)
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