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焙煎職人
店の定休日は月曜だけど、ゴールデンウィークに頑張った分、5月の末に月・火・水と3連休を取ることにした。
さすがに10連休って訳にはいかねーけど、3連休の間ずっと恋人とイチャつけると思うと、悪くねぇ。いや、オレとしては10連休でもOKなんだけど、そこまで店を休むのは、逆にレンが落ち着かねぇだろう。
何だかんだ言って、レンもあの店で働くのが好きみてーだ。
ずっと立ちっぱなしだし、衛星には気ィ遣うし、コーヒーばっか淹れてりゃいいって仕事でもねーけど、レンが生き生きと働けんなら何よりだ。
「ムリしない」のが決まりだから、店を閉め続けるのも無理しねぇ。
こうしてたまに取る3連休、たまには旅行したっていーけど、今んとこ行きたい場所も特にねーし、だったら近場でカフェ巡りしたり、美味いコーヒーを探してまったり過ごすんで十分だ。
レンも同じなんだろう。
「タカと一緒なら、どこでもいい、よっ」
にへっと無防備な笑みでそう言って貰えると、オレも十分満足だった。
この3連休はまず初日、馴染みの豆屋を訪れることから始まる予定。勿論、前日たっぷり愛し合ったから、互いにベッドから出るのはいつもより遅めだ。
とうに店を開けてる時間に目を覚まし、レンのために簡単に朝メシを用意する。
今日は気分が乗ったから、フレンチトーストにベーコンとアスパラのソテー、それに卵とわかめのスープも作った。
フレンチトーストが焼き上がる頃、レンももそもそと置き出して、2人分のコーヒーを淹れてくれる。
「ふわあ、美味そう、だ、ね」
レンがオレの手元を覗き込んで笑った。
「ちっと焦げ目ついちまったけどな」
苦笑しながらデカめのプレートにソテーを盛り、きゅうりとトマトとレタスも添える。盛り付けの彩りは、レンがバリスタ修行してる間に、オレがフランスで習ったものだ。
レンが調理師免許取ってんのは当然として、実はオレも一緒に取ってんの、バイトの連中は誰も気付いてねぇに違いねぇ。
簿記とか経営学とか習うのと同時に、調理の勉強もすんのは、今思えばなかなかハードだった。けど、そん時の苦労があるから、今こうして2人の城を築けてる。
プレートの最後にフレンチトーストを加え、スープをよそってテーブルに運ぶと、ちょうどレンのコーヒーも出来上がって、2人分の腹の音がダイニングに鳴り響いた。
「いい匂い」
「ホントだな」
料理とコーヒーを誉め合い、テーブルに着く。今日のコーヒーは、だいぶ残り少なくなってきた「今月のコーヒー」、フルッタメルカドン。
レンに似たフルーティな香りでオレも結構気に入ってたけど、客の評判も上々だった。
「5月のコーヒーはどうすんだ?」
ナイフとフォークでフレンチトーストを切りながら、向かいに座るバリスタに尋ねる。レンはオレの作ったスープを一口飲み、「どう、しよう」って可愛く首をかしげた。
「今月の、は、フルーティだった、から、6月のは違うのに、したい」
「おー、まあ、好きにしろよ」
レンの考えに快く同意しながら、トーストを食い、コーヒーを飲む。
コーヒーの味っつーのは確か、甘みと酸味と苦み、それからコクと香りとのバランスで語られたハズだ。
ビミョーな違いはオレにはあんまよく分かんねーけど、レーダーチャートで視覚化されると、さすがに成程なと納得できる。
今日行く予定の豆屋は、豆1つ1つにレーダーチャートを付けてくれてて、オレにも選びやすい店だった。
豆屋っつっても、ただコーヒー豆を仕入販売するだけじゃなくて、こだわりの自家焙煎を掲げてる店だ。
豆にもうるせーけど、焙煎にもドン引きするくらいの熱意があって、語られると長くなって仕方ねぇ。この豆にはシティローストがベストだとか、この豆はホットとアイスで焙煎を分けたいとか、うるせーっつの。
腕のいい焙煎職人を抱えてるらしーけど、店長自身も修行を始めてるらしい。
レンの方もそこそこ詳しいから、放っとくといつまでも2人で話し込んじまって、キリがねぇ。
かといって、オレがいねートコで他の男と親しく話し込まれんのも癪だし。面倒に思いつつ、豆選びにはオレも同行するしかなかった。
その豆屋、巣山コーヒーロースターは、埼玉の郊外にある。大宮から数駅先の、駅から10分ほど歩いた場所だ。
焙煎工房を裏に抱えてるから、店の敷地はそこそこデカい。うちのカフェとそう変わりねぇくらいの店内には、ずらっとこだわりのコーヒー豆が並んでて、いかにもマニアの店って感じ。
「よー、毎度」
店の引き戸を開け、声を掛けると、柄シャツにベージュのエプロンを着けた男が、「おー」と顔を覗かせた。店の2代目で豆マニアの巣山だ。
短髪で職人顔なくせに意外とオシャレ男子みてーで、いつ見ても着てる服が違う。どうでもいーけど、エプロンもどっかのブランド品らしーから、こだわりがスゲェ。
同時に豆へのこだわりもスゲーから呆れるけど、まあ、その分頼りがいはなくもなかった。
「よっ、いらっしゃい。今日は何にする?」
「あの、ね……」
さっそく豆について語り出す、バリスタとロースターとを黙って見守る。
「コクと香りなら、コロンビアコロナとかどーよ」
「コロ、ナ……」
ふんふんとうなずくレンにモヤッとしながら、「どんな豆だよ」って2人の間に割って入ると――。
「お前らみてーに甘々な、チョコバニラの香りがするんだよ」
巣山はそう言って、呆れたように肩を竦めた。
(お前らに砂糖はいらねーな)
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