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バースデーケーキ
金曜日、営業時間を終えて後片付けをしてると、お店のオーナーでもある恋人に「レン」って呼ばれた。
振り向くと、片手に見覚えのあるケーキ箱を持ってて、うお、と思う。
うちの店に特別価格でケーキを卸してくれてる、近所のケーキ屋さんのケーキ、だ。
パティシエの栄口君は、オレとタカとの古い友達でもある。オレがパリで修行してる時、同じくらいの時期に栄口君も、パティシエの修行でパリにいた。
オレについて来てくれたタカとオレと栄口君らとで、一緒に遊んだりご飯食べたこともある。
多く仕入れた材料を使ってたり、試作品だったり、お店のより小さめだったり。色んな理由で特別安く卸してくれてるけど、そのケーキはいつも抜群に美味しい。
そんな抜群のケーキ屋さんの箱だから、期待が大きくなるのは当然、だ。
「ケーキ?」
頬が緩むのを自覚しながら、布巾で手を拭いてタカの元にたたっと駆け寄る。
「おー。バースデーケーキな」
ニヤッと笑いながら、オレにケーキ箱を差し出す恋人。おめでとうの言葉は朝起きた時に既に貰ってたけど、ケーキも用意して貰えるとやっぱり嬉しい。
「ありがとう、タカ!」
ケーキ箱を作業台の上に置き、感動のままに恋人に抱き着く。ふふっと笑いながら、抱き返してくれるのが嬉しい。ちゅっと頬にキスしてくれるのも嬉しい。
ただ、バイト君たちの視線はちょっと気になる。
「ちょっ、……もおっ」
お尻を揉み始めた不埒な手をぺしんと払い、タカの胸を押して距離を取る。むうっとした顔で揉まれたお尻を手で庇ってると、厨房の入り口のドアの向こうで、くすくす笑う声が聞こえた。
「相変わらずだねー」
のんびりした声に目を向けると、栄口君がいてビックリした。
「ふおっ、栄口、君」
「久し振り、三橋ー。誕生日おめでとー」
軽く手を振る栄口君に、「ありがと」って笑みを返す。どうしたのかと思ったら、わざわざケーキを持って来てくれたらしい。
「余り物いっぱい詰め込んだ力作だよー」
ニカッと笑うパティシエに、「有難みがねーなー」ってタカがニヤッと言い返す。
中学が一緒だったっていう2人は、案外仲がいい。
栄口君のケーキはホントに美味しいから、余り物でも嬉しい。力作だって言うなら、もっと嬉しい。
「また今度、タダコーヒー飲みに来るよ」
「図々しーぞ」
タカのツッコミをスルーして、栄口君が手を振りながら帰ってく。それにオレも手を振って、再び後片付けを開始した。
店のシャッターが1つを残してゆっくり降りる、機械音が静かに響く。
「お先に失礼しまーす」
バイト君たちが厨房に顔を出し、挨拶して帰ってく。
店内の照明がパチパチ消えてく、この時間がちょっと好きだ。今日も終わったなーって思うと寂しさもあるけど、ゆっくりできると思えば、ホッとする。
食洗機のスイッチを押し、乾燥の終わった食器は棚に並べ直して、使ったプレートも片付ける。
厨房の洗浄やシンクの消毒を終わらせ、着替えを済ますと、外はとうに真っ暗だ。それでも、夜の営業をしてない分、早く終わるからマシ、かも。
「ムリしない」のが決まりのカフェだから、営業時間も無理しない。
「お腹すいた、ねー」
ラフな私服に着替えたタカに抱き着くと、「帰ってメシにするか」って抱き返してくれた。ついでにお尻も揉まれたけど、「も、お」ってぺしんと払い落とす。
いつもよりお腹が空いた気がするのは、力作ケーキの存在のせいかも。晩ご飯は手抜きで適当に作ったけど、食後のコーヒーは丁寧に淹れたい。
ガトーショコラやティラミス、フロマージュなんかには深煎りのコーヒーが合うけど、ショートケーキやシュークリーム、フルーツタルトなんかには浅煎りの方が合うと思う。
ケーキ箱を開けると、中に入ってたのはABMHカフェのロゴがキレイにデコレートされた、真っ白なケーキ。
シロップ漬けのイチゴが飾られてるから、一応イチゴショートになるの、かな?
「ふおお、力作、だ」
ロゴのデコレートもキレイだけど、匂いもすごく美味しそう。
「浅煎りブレンドで、いい?」
豆の用意をしながら、洗い物してくれてるタカに訊く。
「お前の淹れるコーヒーなら、何でもいーよ」
タカはいつもそう言ってくれるけど、大事な恋人がオーダーして、大事な友達が作ってくれたバースデーケーキだから、極上のコーヒーと一緒に食べたい。
コーヒーの匂いの中、勿体ないと思いつつ力作ケーキをナイフで切ると、中にはぎっしりとフルーツのシロップ漬けが入ってた。
「余り物」いっぱい詰め込んだ、って。余り物にしては贅沢過ぎて、笑みがこぼれる。
「こ、コーヒーじゃ、お返しにならない、ね」
しみじみ呟きながら口に入れると、ケーキ大好きなパティシエの力作ケーキは、やっぱりすごく美味しくて、オレの淹れたコーヒーによく合った。
(Happy Birthday!)
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