Season企画小説
ハワイアナ・5
阿部さんのハワイの朝は、食事前の軽いジョギングから始まる。
ホテルのプライベートビーチに出て、入念にストレッチした後、砂浜をゆっくりペースで走ってく。
昼間だと、砂浜でダッシュを何本も繰り返したりするんだけど、早朝はまず体を温めるのが先だから、5分くらいゆるめに走るだけなんだって。
たった5分でも結構運動になるみたいで、部屋に帰る頃には汗びっしょりだ。
オレもできたら、一緒に砂浜を並んで走ってみたいけど……残念ながら、まだ1回も成功してない。
なんでかっていうと、毎晩毎晩抱き潰されるからで、それは元日の朝も同じだった。
カチャ……パタン。ドアを開け閉めする音がして、浅い眠りから目を覚ます。カーテンを開け放したホテルの部屋は、もう明るい。
今、何時だろう? 初日の出、見れなかったな。
今の時期のハワイの夜明けは7時10分前後だから、もう8時にはなってるかも?
近付いてくる気配に寝返りを打つと、頭までかぶってた毛布を剥がされた。
「起きたか?」
大きな手でわしゃっと頭を撫でられて、重いまぶたをパシパシ開ける。
オレの顔を覗き込み、阿部さんが精悍な顔で微笑む。そんな仕草の1つ1つが、見惚れる程格好イイ。
「おはよう、ござい、ます」
掠れた声でそう言うと、阿部さんも「おはよ」って返してくれた。
ハワイに来てから毎朝続く、恒例の変わらないやり取り。シャワーに向かう阿部さんを見送り、ベッドから起き上がると、オレはパンツ1枚すらはいてなくて、それもいつものことだった。
シャワーの水音を微かに聞きながら、ベッドから降りて、のろのろと服を身に着ける。
昨日も散々弄ばれた体は、腰を曲げただけでちょっと痛い。。口に出せない部分はもっと痛い。自分の身体を見下ろせば、全身に散らされたキスマークが目に入る。
愛されてる証拠って言えば聞こえはいいけど、このせいでまだ1回も海に行けてないんだから、あんまりだ。
1月半ばまで続く自主トレは、3日か4日に1回休みを入れるっていうんだから、夜にも休みを入れて欲しい。
せっかくのハワイなのに――。
そりゃ、遊びに来た訳じゃないし、密着取材優先だけど、24時間ずーっと取材してるって訳でもない。スタッフのみんながサーフィンしてる間も、オレひとり見学で、ちょっと納得いかなかった。
「まあまあ、三橋君はほら、阿部さんの自主トレの見学しないと」
背中押されるようにそんなこと言われて、練習場の方に向かわされることも多い。
阿部さんとの関係は一応秘密なんだけど、撮影スタッフにはバレてるみたいだ。こういうの、事実上の公認っていうの、かな?
反対されるよりは黙認してくれる方がいいんだけど、なんていうか、とんでもなく恥ずかしい。
前に、アロハシャツの襟元からキスマークが見えてたことがあったけど、誰も教えてくれなくて。お昼過ぎに、トイレの鏡を見て気付いて、ぎゃーって叫びそうになっちゃった。
「それどうしたの〜?」なんてからかわれないのは良かったけど、見て見ぬフリっていうのも、ちょっと辛い。生温い目で見られるのも、ちょっとキツイ。
っていうか、阿部さんだって絶対気付いてたハズなのに、黙ってたの、ヒドイと思う。
えっちだって手加減ないし、容赦ない。
けど、阿部さんにそういう配慮は、期待するだけムダだった。
「お前とこんなに一緒に過ごせんの、今だけじゃねーか」
って。
仕事あるし仕方ないんだけど、オレが阿部さんよりも遅くハワイ入りして、阿部さんよりも早く帰国するのが、ご不満みたい。
執拗にマーキングするの、そのせいもあるのかな?
浴室のドアが開いて顔を向けると、濡れた頭をボディタオルで拭きながら、阿部さんがこっちに戻って来た。
腰にバスタオルを巻いただけの格好で、目のやり場にちょっと困る。
胸も背中も腕も腰も、どこもかしこも素晴らしい筋肉で覆われてて、男らしくて格好いい。
鋼みたいに鍛え上げられた、現役トップアスリートの身体。けど、その筋肉は固いだけじゃなくて、しなやかでキレイだ。
何度見せつけられても、見慣れるなんて有り得ない。
じわーっと赤面しつつ、魅入られて目が離せないでいたら、ふふっと楽しそうに笑われる。
「腹減っただろ。メシ行くか」
「はいっ」
素直にうなずくと、わしゃっと頭を撫でられた。
ホテルの食事ではいつも、阿部さんたちプロ選手には特別料理が用意されてた。
球団御用達の管理栄養士さんが、ハワイに同行してるんだって。時々外食したり、飲みに行ったりもするんだけど、基本的には朝昼晩、きちんと計算された食事を取るみたい。
ちなみにオレの分は、ホテルの既存のメニューだ。
1度阿部さんに、「一緒のを食うか?」って訊かれたけど、一目見て無理だって思った。
オレも現役球児時代は、痩せてるくせによく食べるとか言われてたけど、さすがにプロ選手程じゃない。プロってスゴいなぁって、しみじみ思った。
けど、さすがにお正月は、特別料理じゃないみたい。ビュッフェレストランに向かうといろんなお正月料理が並んでて、食事客で溢れてた。
ホテルのワンフロア、ほぼまるごとレストランなんだけど、空いてる席があまりない。
ステージ上ではハワイ音楽の生演奏やってて、朝からすごく賑やかだ。
「ごゆっくりどうぞ」
ボーイさんに席まで案内されてから、一緒に料理を取りに行く。
お節料理もあるし、子豚の丸焼きもある。テリーヌみたいな上品な練り物もあるし、お雑煮やお寿司もあった。ココナッツパイや、パイナップルパイにも惹かれる。
10時からはマグロの解体ショーもやるって書いてあって、すごいなぁってビックリだ。
白のグラスワインを頼んで、乾杯の後、ちびちびと飲む。
人混みに酔いそう。ワインに酔いそう。いつもとは違う周りの空気、恋人と初めて迎えるお正月に、足元も頭もふわふわする。
「メシ食ったら、初詣行こーぜ」
恋人に初詣に誘われるのも、オレにとっては初めてで。こんなに幸せでいいのかなって思った。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!