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Season企画小説
鬼渡し・5 (終)
 廉がおやつの豆を食べている間に、隆也は夕飯の支度を始めた。
「節分は、豆まきするだけじゃねーんだぜ」
 そう言って、畑で採れた大根やニンジンを手際よく切っている。節分には節分の料理があるそうで、それを作ってくれるらしい。
「オレ、も!」
 甘辛い豆を口いっぱいに頬張りながら手伝いを申し出ると、隆也は笑ってゴボウを廉に差し出した。
「じゃあ、皮を取ってくれ」
「うんっ」
 力いっぱいうなずき、小さなたらいに水をくむと、その中に囲炉裏の湯を足して、手が凍えないようにしてくれた。
 土間に置いたたらいの前にしゃがみ込み、自分の手よりも大きなタワシで、ゴボウの周りをごしごしこする。

「廉は上手いな」
 廉の手元を覗き込み、いつも誉めてくれるのが嬉しい。 
 子供の力でやるのが丁度いいのだと、「オレより上手だ」って言ってくれるのも嬉しい。
 包丁の使い方だって、一緒に住むうちに随分慣れた。
 去年より今年の方が上手だし、来年はきっともっと上手になっているだろう。
「できた」
 皮の落とされたゴボウを隆也に見せると、「じゃあ、こっち」とまな板の方に手招きされる。
「これぐらいに切ってな。左手気ィつけろよ」
 過保護な鬼にうなずき返し、教えられたとおり、慎重に包丁に力を込める。固いゴボウをザクッと切るのは、力がいってビクッとしたけれど、隆也がいれば怖くない。

 節分も、もう怖くない。
 里芋の皮むきをする隆也の横で、廉は手元に集中し、一生懸命ゴボウを切った。

 汁物を作り、干魚を焼いたところで、一旦手を止めて風呂に行くことにした。
 手ぬぐいと着替えと石鹸を持ち、隆也に抱えられて山奥の秘湯に向かう。時々動物たちが使っているらしい温泉も、今は2人だけの独占だ。
「顔もよく洗えよ」
 湯に浸けた手拭いで顔をぬぐわれ、「わぷっ」と廉が小さく可愛い悲鳴を上げる。
 昼間、涙で腫れていた顔も、湯でぬぐってしまえば元通りだ。
 湯のぬくもりも、隆也のぬくもりも、いつも通り。木々の合間に覗く空が、夕日に染まっていく様子も、何も昨日と変わらない。
 どこかの木の枝から、ドサッと雪の落ちる音がする。
 廉が水面を手のひらで叩くと、ぱしゃりと水音が鳴り、しぶきが跳ねる。
 時の停まったような、静かで穏やかな山の日々。
 教室の隅で鬼を想って流した涙も、心に溜まった黒い澱も、全部湯の中に解けて消えた。

 隆也が廉と一緒に作った根菜の汁物は、けんちん汁というらしい。いつもの肉の代わりに炒めた豆腐が入っていて、熱々でほくほくで美味しかった。
 魚は、秋に獲っておいた川魚を、隆也が干物にしてくれたものだ。
「海の近くだと、節分にはイワシを食うんだぞ」
「い、わし?」
 隆也の話に、廉はこてんと首をかしげた。祖父の家に引き取られる前も、引き取られた後も、海になど行った覚えはない。
 川魚しか知らない廉には、イワシという海の魚がどんなものか、よく分からなかった。
「イワシは足が早ぇ魚でさ、腐りやすいってんで、昔はよっぽど海の近くに住むか、身分の低いヤツかしか食わなかったんだ。これが焼くと、すげー煙でさ……」
 くくっと笑う隆也の話を、干魚を食べながらふむふむと聞く。
 イワシの煙を鬼が嫌うという話もあるのだと、隆也から聞いて初めて知った。

 川魚だって、焼けばそれなりに煙は出ると思うけれど、鬼が逃げるほどではない。
「その内、買いに行ってみるか、イワシ?」
 隆也の誘いに、「うん」とうなずく。
 節分で追われる鬼は、疫病や穢れであって、隆也じゃない。だから、鬼が嫌うというイワシだって、もう怖いとは思わなかった。
 ここから海は遠く遠く離れているけれど、隆也が走ればきっと、すぐに行けるに違いない。
「冬には海、凍る?」
 幼い問いに、隆也は「いや」と優しく笑った。
「もっとずっと北の、もっともっと寒いトコじゃねーと、海の水は凍らねーんだ。だから、海では冬でも魚が獲れんだぜ」
「へええ」
 廉は、目を丸くして感嘆の声を上げた。
 隆也は自分の知らない、色んなことを知っている。すごくて格好良くて、誇らしい。自分ももっともっといっぱい勉強して、そんな風になりたいなぁと思った。


 節分の翌朝、昨日の残りのけんちん汁を食べながら、廉はちらりと自分の文机の方を見た。
 黒いランドセルの置かれた文机の、すぐ上の壁には、昨日分校で作った黒鬼の面が飾られている。
「お揃いだもんな」
 夜に隆也がそう言って、笑顔で飾ってくれたものだ。
 クレヨンで塗って、ハサミで切り取っただけの鬼面だけれど、隆也はとても嬉しそうに、「宝物だ」って言ってくれた。
 宝物と言われたことも嬉しかったけれど、お揃いだと言われたのも嬉しい。
 廉は人間だが、黒鬼の隆也の連れ合いだ。そして、あの面をかぶれば、隆也と同じ鬼にもなれる。
 昼間は泣いてしまったけれど、隆也が喜んでくれたなら、節分も悪くない。

「メシ食ったら、支度しろ」
 隆也に促され、「うんっ」っと元気よく返事して、ランドセルを背負いこむ。
 土間に降りて履くのは、隆也と一緒に町で買った真っ黒の長靴だ。
 真っ白な雪の中を、真っ黒なブーツを履いた隆也と2人、ぎゅうぎゅうと雪を踏みながら並んで歩く。
 昨日同じ道を、べそかきながら帰った顔が、今は朝日を受けてキラキラ眩しく輝いていた。

 節分の翌日、今日は立春。この山奥の春はまだまだ遠そうで、昨日使った野猿の縄も、少し凍り付いていた。
「落ちねぇように、掴まってろよ」
「うん!」
 しっかりとうなずいた廉は、いつものように野猿のやぐらと、隆也の腕とにしがみつく。
 わざと高低差をつけて作られた野猿は、結ばれていた縄を外すと同時に、ゴウッと滑車を唸らせて、谷の向こう側へと飛ぶように動いた。
 いつもの朝の、いつもの喜び。
「きゃーっ」
 笑顔で叫ぶ廉の声が、雪に埋もれた谷に響く。
 そのまま機嫌よく登校した廉は、いつものように友達に、「おは、よう」と元気に挨拶できた。

   (終)

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