Season企画小説
クリスマスに川で泣け・6
案内された三橋んちは、洒落た外見のマンションだった。
部屋は1階で、玄関の広さはまあ普通。そこでスニーカーを脱ぐと、やっぱ靴下の奥まで水が浸み込んでて、べたっと冷てぇ。
立ったままで濡れた靴下を脱ぎ、スリッパを借りて中に上がると、部屋は想像以上に広かった。
一応1LDKらしいけど、何畳あんのか分かんねぇ。埼玉の三橋んちの部屋と一緒くらいか。あれって何畳つってたか?
手前はカウンターキッチンで、そのカウンターんとこにイスが2脚置いてあり、ダイニングテーブル代わりにしてると分かる。
広いリビング部分にはこたつもあって、その周りが散らかってんのはまあ、想像通りだ。
ギョッとする程汚ぇ部屋って感じじゃねーのは、部屋自体が広いからか、それとも見慣れてたからか? こたつ周辺に散らかってんのが、主に書類やノートだからかも知れねぇ。
まあ、勉強しようと思うとそうなるよな。
オレだって、試験前の机周りはこんなモンかも。
「こんなんじゃ、カノジョできても呼べねーだろ」
苦笑しながらコートを脱ぐと、「かっ!?」って三橋が奇声を上げた。
「かっ、かっ、カノジョ、なんて」
ぶんぶん首を横に振る様子が、必死過ぎてちょっと笑える。
まあ、今日のバーベキュー大会だって、「クリスマスにぼっちで集まって川で泣こう」ってコンセプトだったしな。呼ばれた時点で、恋人いねぇってのは想像つく。
「なんで? お前、結構モテてたじゃん?」
ニヤリと笑ってやると、それにも三橋は首を振った。
「も、モテ、てはない、よ」
ぼそぼそと言い訳するように呟く三橋に、「ふーん」と適当に返事する。三橋がモテるかモテねぇか、正直なところどうでもいい。
どっちみちカノジョいねぇことに変わりねーし、オレだってあんまその辺のことに興味はなかった。
それより、部屋の中に鎮座する懸垂マシンの方が気になった。
高校にあったみてーな本格的でしっかりした造りのもので、健康用じゃなくてトレーニング用なんだって分かる。
その横にはボックストレーニング用のプライオボックスもあって、一瞬背筋がぶるっと震えた。
そんなオレの視線をよそに、三橋が「阿部君」と手招きする。カウンターキッチンの裏側、玄関寄りに風呂があったみてーだ。
「か、風邪ひく前に、着替え。しゃ、シャワー、どーぞ」
「ああ……」
そういや、服が濡れたからここに来たんだっけ。今更のように冷たさを感じて、再び震える。でも、寒いからだけで震えてんじゃねぇって、自分でも分かる。
野球続けてんのか、なんて訊くまでもなかった。
こたつ周りには、書類と一緒に硬球も転がってて。懸垂マシンの隣の棚には、グローブがきちんと置かれてた。
遠慮なく風呂を借り、シャワーを浴びると、冷えた体に熱さがしみた。
背中や腹回りも冷えてたみてーだけど、やっぱ濡れた場所が特に熱い。足先も熱いし、左腕も熱い。
コートの下に着てた綿シャツもセーターも、どっちも左側がぐっしょりだったから、まあ仕方ねぇだろう。
特にセーターは、ぎゅっと絞れるくらいに濡れてた。
あのまま家まで帰るかと思うと、まあ帰れただろうとは思うけど、風邪ひきそうだよなとも思う。
うっかり手なんか出すんじゃなかった。
っつーか、コートを脱いで作業すりゃよかった。
まあ、今更反省しても仕方ねぇ。三橋のこの部屋を見れただけでもラッキーだ。
いつもより気持ち長めにシャワーを浴びて、温まってから湯を止める。脱衣所の方を振り向くと、すりガラス越しに三橋がいるのがシルエットで分かった。
「き、着替え、置くね。濡れた服、洗うから洗濯機、入れて」
「おー、悪ぃな」
返事をしてドアを開けると、三橋が髪を逆立てるくらいに驚いて、それからぴゃあっと去ってった。
相変わらず、逃げ足が速ぇ。よく分かんねーとこでビビってんのも相変わらずで、懐かしくてふっと笑える。
三橋は、新品の下着まで用意してくれてた。
袋に入ったまま、値札もついたままってトコ見ると、どっかに仕舞いっ放しになってたんだろうなと予想つく。
一緒に置かれてたのは白と水色のジャージの上下だ。その背中には、「EDOGAWA ThreeStars」って金字でロゴが入ってた。
「スリースターズ……三星?」
首をかしげながらジャージを羽織り、上腕部分に三橋の名前を発見する。三橋廉って、フルネームで書かれてりゃ誤解のしようもねぇ。
これは、三橋の所属チーム名なんだろうか?
アイツ、大学どこ行ったんだっけ? 大学の野球部じゃねーのか? いや、三星っていうなら、三星学園関係か? それでなんで江戸川なんだ?
複雑な思いと共に、じくっと胸が痛むのは、自分が野球から遠ざかってるからだ。
野球よりも大学での勉強、キャリアを優先したのはオレ自身だし、後悔はしてねぇ。一旦は野球部の見学も行ったけど、体験入部して、なんか違うなと思って辞めちまった。
そこに後悔はねぇ。けど、なんで「違う」と思ったのか、それは三橋がいなかったからじゃねーかって、今更のように自覚する。
そういや高校の時も、三橋に結構引っ張られてたっけ。
三橋だけじゃねーけど、主に三橋に引っ張られて――そのひたむきさと情熱に惹かれてた。それがなくなった途端、野球に魅力を感じなくなっちまったのは、無理もねぇことだったかも知れなかった。
(続く)
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