Season企画小説
キラキラの抱負・7
見たら返信、とタイトルをつけたメールにも、返事は帰って来なかった。
――大学どこ行くんだ?――
本文はっつったらそんな短い質問が1個だったけど、それにも返事をくれねーことに拒絶を感じる。昼間と同じ状態だ。
けど考えて見りゃ、三橋からのメールの返事は大体いつも遅かった。
何て答えりゃいーのか分かんなくて、書いては消し、書いては消ししてたりするんだ……って、高1の時は言ってたっけ。
今もそうなんかな? それとも、やっぱオレに返信したくねーんだろうか?
晩メシ食っても風呂に入っても三橋からのメールはやっぱ来なくて、待ち切れなくてジリジリする。
親父との酒盛りもあんま気分が乗らなくて、オレは早々に2階の自分の部屋に戻った。
昨日も泊まった自分の部屋をしみじみと見て、そういや三橋を連れて来たことあったよな、と思い出す。
三橋は最初、部屋の入口で戸惑ったように突っ立ってて、「入れ」「座れ」って言ってやんなきゃ、オレんちでくつろぐこともできなかった。
それがいつの間にか、オレんちでメシ食うの当たり前になってたんだから、変われば変わるモンだよな。
オレんちに誘う度、嬉しそうに赤い顔で笑ってた三橋。
『今日も、行っていいです、か?』
上目遣いに恐る恐る尋ねてくんのが、すげーもどかしかったっけ。来たけりゃ来りゃいーだろ、って。何遠慮してんだ、って。何度か言い聞かせたのを思い出す。
今はどうだろう?
鳴らねぇケータイを手に持って、小さくなったベッドに座る。
「来いよ」っつても来そうにねぇ、固い表情が目に浮かぶ。
ため息を1つつき、アドレス帳を開いて三橋に電話をかけると――数回のコール音の後、何でか電話がぷつりと切れた。
ワンギリかよ。いや、ワンコールじゃねーし、かけた方が切った訳じゃねーけど。でも、こんな切り方されたのは初めてで、ドクンと心臓が跳ねた。
それとも、電波の調子が悪かったのか?
もっかいかけ直したけど、その電話も今度こそワンコールでぶちんと切られてヒヤッとする。
頼むから、話だけでもさせて欲しい。ほとんど祈るようにかけ直した3回目――5回、6回とコール音を聞いた後、ようやく耳元に『……はい』ってためらうような応答が届いた。
「三橋……っ」
思わず名前を呼ぶと、『……はい』って短く返される。
不覚にも胸がいっぱいになって、この後続けるべき言葉が出て来ねぇ。
「三橋」
『……何、です、か』
「今、暇?」
言いながら、自分でも何言ってんだと思った。
『暇じゃ、ない、です』
ぼそぼそと返される言葉はつれなくて、自業自得だけどちょっと寂しい。やっぱ、強引にも押しかけて顔見て話すべきなんだろうか?
「大学、どこ行くんだよ?」
さっきのメールと同じ質問をしたけど、三橋から返されるのは沈黙ばっかで、答えを教えて貰えねぇ。
『なん、で、そんなこと訊くん、です、か』
沈黙の後に聞こえて来たのは固い声で、拒絶めいてて胸が冷える。
お前、オレのこと応援してんじゃねーのかよ? そう思ったけど、さすがに口には出せなくて、「なんで、って……」って返すのが精一杯だった。
『きょ、興味ない、こと、わざわざ訊かなく、て、いい、です』
電話越しに固い声で、三橋が淡々とつれなく告げる。
「興味なくはねーよ」
すかさず反論したけど、それはあっさりスルーされた。
『先輩、は、いつも通り、前、だけ見てればいい』
「は?」
思わず訊き返したけど、それもやっぱスルーされて。
『い、今更、気まぐれに、後ろ、とか見な、いで!』
ぶつん。
感情的な言葉と共に、一方的に通話をぶち切られて、ただ呆然とするしかなかった。
気まぐれに――。
たった今ぶつけられた言葉を胸の中で繰り返し、浮かびかけてた気分がどよんと沈む。
後ろを見るって、何のことだ? 三橋に目を向けんのは、後ろを見るってことなのか?
違うだろう、とは思うけど、でも車で送ってくれた後輩の言葉がふいに頭によみがえり、イヤでも考えざるを得ねぇ。
――先輩がどんどん先行っちゃうから。
――見失わねーよう必死に追いかけてる、っつーか。
オレが三橋より先を行くのは当たり前だ。だって、年が違うし学年も違う。例え一時バッテリーを組んだって、時間軸はキッチリ2年分ずれていく。
捕手と投手じゃ求めるモノも違うし、目標だって、所属が違えば重ならねえ。
それに第一、オレの後ろに立つ三橋なんて、想像できなかった。だって、バッテリーは向かい合うモンだろ? 違うのか?
オレと三橋はいつから向かい合ってなかったんだ?
ミットもボールもねぇ両手から、ケータイを落とす。
ジリジリと焦げ付く胸に手を当てる。
心臓がイヤな感じに苦しい。「はっ」と息を吐いても、うまく笑みを作れねぇ。
『阿部先、輩』
オレを慕って呼びかける、三橋の様子を思い出す。けど、頭に浮かぶのは2年前、最後の朝練の日に見た不器用な笑みで――。
――ああ、泣きそうだな。
そう思った瞬間、メンドクセーなんて認識は吹き飛んで、「今すぐ抱き締めてやりてぇ」に変わった。
あんな顔、大事なヤツにさせるべきじゃなかった。今更気付いても遅いけど、でも、これ以上後悔したくねぇ。
今が、大差ををつけられた試合中だとしても、最後まで勝負を投げる訳にいかねぇ。
明日、もっかい会いに行こう。
そんでちゃんと向き合って、顔見て話をしてぇと思った。
(続く)
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!