Season企画小説 キラキラの抱負・8 (完結) 三橋んちに着いてから、今日が平日だったことに気が付いた。 時刻は朝の8時過ぎ。この時期、自由登校だとは思うけど、授業には出ねーにしても、家にいる可能性は半々だ。 しまった、「今から行く」っつって予告した方がよかったか? それとも、予告したら余計に逃げられるだろうか? 逃げられる、って考えると胸の奥がどよんとするけど、取り敢えず自転車を降り、ためらいつつ庭先に停める。 一応、ダメ元でピンポンしてみるか? そう思って玄関に向かおうとした時、木立の向こうでカラカラと玄関の引き戸の開く音がした。 「三橋?」 声を掛けながら駆け寄ると、残念ながら出て来たのは三橋じゃなかった。 「あら、阿部君じゃない。おはよう。早いわねぇ」 にこにこと声を掛けてくれたのは、勿論、三橋のオバサンだ。どうやら今から出勤みてーで、化粧してコートを着てる。 「おはようございます。仕事っスか」 「そうなのよー、この時期は忙しくてさ」 オバサンは照れたように笑いながら、閉めかけた引き戸を再び開き、「レ――ン」と中に向かって呼びかけた。三橋は、と訊く暇もねぇ。 「阿部君来てるわよ――!」 何しに来たのかとか、何のために来たのか、とか。そんなことを訊かずに三橋を呼ばれて、ドキッとする。 オレがここに来んのなんか、三橋に会うためだって分かってるみてーな態度。余計なことを言わずすぐに三橋を呼んでくれるトコに、何つーか、むずがゆさを感じた。 「寒いでしょ、入ってて」 にこやかに、あっさりと、玄関の中に迎え入れられ背中を押される。 「レ――ン! 降りてきなさ――い!」 オバサンは再び玄関口で声を張り上げ、「上がって」ってオレの背中をまた押した。 「お構いできないけど、ゆっくりしてってね」 「はあ、お邪魔します」 にこにこ手を振りながら去ってくオバサンを見送り、履いて来たスニーカーを脱ぐ。 「三橋、話がある」 階段の下で声を掛けると、やがて三橋がコトン、コトン、とひどくゆっくりな足音を立てて、2階の自室から降りて来た。 気乗りしてねぇのがあからさまに分かる足取りだ。 下から仰ぎ見る顔も憂鬱そうで、唇がへの字に曲がってる。 三橋は階段の途中で足を止め、数段残した上から、「何です、か?」ってふてくされたような声を出した。 「顔見て話したかったんだよ。っつーか、足踏み外したら危ねーから、降りて来い」 「へっ、平気、です」 すかさず言い返されたけど、危ねーモンは危ねーし、この時期に余計なケガなんか抱えるべきじゃねーだろう。 「降りろっつってんだよ。ケガしたらどうすんだ」 「ケ、ガ……っ」 オレの言い分になんでか声を詰まらせて、三橋がぐっと唇を噛んだ。 不服そうな顔を見て、そういや以前もこうやって何度も注意したよなって思い出す。 阿部ウゼーぞ、って、仲間のみんなから言われたっけ。過保護だとか、過干渉だとか。けどオレの注意なんて当たり前のことばっかだったし、三橋だって当時は嫌がってなかった。 「な、なんで、そんな、こと……」 って、責めるように理由を訊くこともなかった。 「なんで、って。ケガしたら危ねーからだろ」 「でも、オレ、もう……先、輩っ、の、投手じゃ……」 とつとつとそう言った後、三橋は言葉を切ってオレを睨む。鋭い視線に、ドキッとした。 けどオレだって、怯んでばかりじゃねぇ。 「バッテリー組んでる投手じゃなくても、危ねーモンは危ねーだろ」 そりゃ以前は、試合前のエースにケガさせたくなくて注意してたけど、今はもうそんだけじゃなかった。 ケガさせたら甲子園終わりだ、とか、そんな打算も関係ねぇ。 「大事だから気になるんだ」 キッパリと告げて、じっと三橋の反応を見守る。 三橋は一瞬デカい目を揺らしたけど、そのまま何も言わず顔を背けた。 ただ、危ねぇっつーのは自分でも思ったんだろう。トントンと階段を下り切って、オレの前にまっすぐに立つ。 「お、説教、しに来たんです、か?」 ぶすくれた顔は生意気だけど、多分こんな風に言われんのも自業自得なんだろう。あれするな、これするなってダメ出しして、干渉し過ぎた。そのくせ、引退したら手を放した。 これも……振り回した内に入んのかな? 「説教じゃねーよ」 「じゃ、あ、何の話、です、か?」 にこりともしねぇ態度、固い口調。手を後ろに組んで足を肩幅に広げて、背筋を伸ばして「先輩」と冷たくオレを呼ぶ三橋。 それでもやっぱ、オレから「もういい」なんて突き放すことはできなかった。 つれない態度が痛い。冷たい目線がキツイ。目を逸らされるとモヤッとする。でも、顔が見れると嬉しい。その手を掴みてぇ。逃げられたくねーし、失いたくもねぇ。 これが恋じゃなかったら、何だ? 「大学、どこ?」 「……訊いてどう、するん、ですかっ?」 何度目かの質問を質問で返し、三橋が声を震わせる。 「どうって、分かんねーけど知りてーんだ。知ってたら応援できるし、試合結果だって見てられる」 「見……なくて、いい、です」 ぷいっと逸らされる顔にグサッとくるけど、めげずに更に声をかける。 「また一緒に走りてーんだ」 オレの言葉に、三橋はビクッと肩を跳ねさせたけど、返って来た言葉はやっぱつれないままだった。 「走り、ま、せん」 って。ちょっとくらいちゅうちょしろっつの。 いつまで経っても緩和しねぇ態度に、なけなしの勇気がボキボキ折られる。次々リードが裏目に出て、ヒット連発されてる感じ。肝心の投手が協力的じゃなくて、孤軍奮闘の4文字が浮かぶ。 けど――勝手に絶望してたのは、そこまでだった。 「よ、4年後、まで、先輩とは、走らない」 唐突に告げられた言葉に、ハッと顔を上げさせられる。 「4年後?」 予想以上に長い期間に一瞬途方に暮れたけど、その4年後の意味を考えると、遠くに光が差してくる。 「4年、後、プロになって、から、考えます」 そう言った三橋はオレを厳しいくらい真っ直ぐに見つめてて、またドクンと心臓が跳ねた。 ああ、コイツの球を受けてぇ、って心から思った。 好きだ。 プロの世界は甘くねーし、三橋が確実にプロになれるかどうかは分かんねぇ。オレがそれまで、プロでいられるかどうかも分かんねぇ。 けど、コイツがここまで、オレの立ってるとこまで来るっつーんなら、甘んじて待てる。 三橋はオレの抱負をキラキラだっつったけど、今の三橋の決意の方が、オレにとっては眩しく思えた。 ずっと引きつってた頬が、期待と喜びに自然に緩む。 「……ああ、待ってる」 思わず1歩踏み出し、目の前のつれない後輩をギュッと強く抱き締めると――三橋は変わらねぇ悲鳴を上げて、それから「もお……」と文句を言った。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |