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Season企画小説
キラキラの抱負・5
 何て声を掛けるべきか、一瞬迷った。「オレだ」っつーのもおかしいような気がするし、「阿部だ」って名乗るべきなのか?
 しばらく黙ってると、引き戸がカラカラとわずかに開けられて、「あの?」って声を掛けられる。
「三橋……」
 オレがぽつりと名前を呼ぶのと、引き戸から三橋が顔を見せるのと、ほぼ同時だった。
 目が合った瞬間、ドキッとした。
 三橋も同じなんだろう。デカい目がわずかに見開かれ、「う……っ」と声が漏らされる。けど三橋はそれ以上何も言わず、サッと視線を外し、白い頬をこわばらせた。
 幼さやあどけなさはどこにもなくて、田島が言った通り、ホントに背が伸びてる。
 オレや花井と同じくらいって訳じゃなかったけど、もはや「チビ」とは言えねぇ。前はかなり下にあったハズの顔が、今はぐっと近い。
 近いけど遠い。

 カラカラと音を聞いてハッと見ると、三橋が玄関から1歩外に出て、後ろ手に引き戸を閉めたとこだった。
 出て来てくれたことは喜ぶべきかも知んねーけど、「どうぞ」って言われなかったことが地味にショックだ。中には1歩も入れねぇって意思表示にも見える。
 三橋はつっかけを履いたまま肩幅に足を開き、手を後ろで組んで背筋を伸ばした。
『先、輩っ』
 オレの顔を見るなり、笑みに顔を緩ませてたヤツはもういねぇ。
「ちわっ」
 固い声で挨拶され、ぺこりと頭を下げられる。
「成、人、おめでとう、ござ、い、ます」
 にこっともしねぇ顔でとつとつと祝われて、顔からじわじわと血の気が引いた。
「てっ、テレビ、中継、見ま、した」
「ああ……」

 なんて答えりゃいーのか思いつかなくて、言葉に詰まる。
 とつとつとした喋り方も、男としては少し高めの気弱げな声も、何も変わってねーようなのに、何もかも全部違う。
 いつの間にこうなったんだ、って、2年って時間の長さを実感した。
「……その……TV、どーだった?」
 会話に困って適当な問いを口にすると、三橋は。
「自信満々、で、抱負もキラ、キラ、でっ。まっ、前向き、で、先輩らしいな、って、思いま、した」
 そう言って目を伏せたまま、1、2回続けてまばたきした。

 キラキラって何だよ、って、ツッコミが頭の中に浮かんで消える。
 相変わらず語彙力がなくて、意味不明で、何考えてんのかワカンネー。誉めてんのか誉めてねーのかもビミョーだ。
 ただ、そんな言葉が欲しかった訳じゃねーのは、自分でも分かった。
「オレらしーって、何だよ?」
 ふっと苦笑しながら訊くと、三橋が「う、え……」って言葉を詰まらせた。
「ま、前だけ、見てる、とこ、です」
「前だけ、って」
 思わずツッコむと、「先輩は……」って言われた。

 けど、その先を聞くことはできなかった。
「あら、お客さん?」
 そんな声が、オレの後ろから聞こえたからだ。
 ハッと振り向くとスーツ姿の三橋のオバサンがいて、きょとんとオレらを眺めてる。
「あら、阿部君!?」
「ご無沙汰してます」
 軽く頭を下げたオレに、「ホントに久し振りねぇ」って声が掛けられる。
「2年ぶり? 3年ぶり? プロになったんだって?」
「はあ……」
 3年ぶりな訳ねーだろ、って思ったけど、そんなどこか抜けたとこも相変わらずで、親しかった訳じゃねーけど懐かしい。
「寒いでしょ、上がってく?」
 いつもの調子で、三橋のオバサンはオレを誘ってくれたけど――。

「もうっ、先輩、帰るとこ、だから」

 オバサンの言葉をあっさり拒絶したのは、三橋で。
「来季、も、頑張ってくだ、さい」
 三橋はやっぱ後ろ手に手を組んだままそう言って、ぺこりと頭を下げ、そのまま引き戸を開けて玄関の中に入ってった。

 「何だソレ」とは言えなかった。言い返すことも、追い駆けることもできなかった。
 口を開けることもできねーまま、ただショックだけがでかうて呆然と立ち竦む。
「こら、レ――ン!」
 オバサンが玄関から声を掛けたけど、だだっと2階に駆け上がる足音だけが聞こえて来ただけだった。
 あまりに気まずくて、「じゃあ……」って立ち去ろうとしたオレに、「何かあったの?」ってオバサンの問いが突き刺さる。
 何かあったのかっつったら、何もなかったっつーのが正解だろう。
「あの子、前はあんなに阿部君にベッタリだったのに。変な子ねぇ。反抗期かしら」
 オバサンのぼやきに曖昧に笑いながら、三橋んちの2階を見上げる。
 けど、窓を見つめても三橋の姿は見えねぇ。拒絶されたっつー事実だけがここにあって、オレの心臓を凍らせる。

「せっかくだし、送ってくわ。阿部君」
 三橋のオバサンはそう言って、オレの腕をぐっと掴んだ。
 そのまま車庫の方に連れられて、戸惑いながら周りを見回す。当たり前だけど、ここまで乗せてくれた後輩の車は、もういねぇ。
「ほら乗って。やぁねぇ、何遠慮してるの?」
 ケラケラと笑って、オバサンはオレに車に乗るよう促した。
 高3の時のオレなら、確かにここで遠慮はしなかったと思う。何度か乗せてって貰ったこともあるし、今更だ。メシ食わして貰ったこともあるし、逆もある。

 2年前、オレと三橋の距離は近くて。
 それはただの先輩と後輩の距離じゃ、多分なかった。

(続く)

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