Season企画小説
焼き肉と鉢合わせ・SideA
『阿部、焼き肉食い放題行かねぇ? 1時間千円』
同じサークルの同期からそんな誘いを受けたのは、ひとり暮らしのアパートで、休み明けに提出するレポートを書いてる時だった。
「1時間千円?」
昼メシに千円は正直高いと思ったけど、食い放題なら悪くねぇ。
理系に進み、現役からは遠ざかったけど、今でも時々ランニングはしてるし。食い放題で元を取る自信は、十分にあった。
それにしても、焼き肉食い放題、って。アイツが知ったら喜びそうだよな。
秘密の恋人の大食いぶりを思い出し、ふふっと笑みを浮かべる。
まだ現役で野球を続けてる三橋も、オレと同じ大学に進み、近所のアパートに住んでいた。
もう夏休みも終わりだけど、今頃元気に練習やってんのかな? それとも、そろそろメシ時か?
どうせ食い放題行くんなら、三橋と一緒の方が楽しい。そう思いつつ、同期に「分かった」と返事する。
試しに行ってみて、もしいい店なら、練習のねぇ日に連れてってやってもいいと思った。
指定されたのは、国道沿いにあるデカい焼き肉店。
「車出してやるよ」
そう言われたのを、「いーよ」と断る。たかが2km程の距離に、わざわざ車で行こうっつー意味が分かんねぇ。
走ったって10分程度の距離だから、自転車でも十分だ。
店に着くと、電話くれた同期と一緒に10人くらいの男女がいた。半分以上は同じサークルの連中だけど、知らねぇヤツも多い。
「わあっ、阿部君来たぁ」
甲高い声で名前を呼ばれて、ひくっと頬が引きつる。
女と一緒にメシなんか食ってどうすんだ? つーか、焼き肉食い放題に、女はいらねーだろ?
電話くれた同期をじろっと睨むと、「まあまあ」ってなだめられた。
「いーじゃん、お前、遊び誘っても滅多に来ねーしさぁ。お前と話したがる子、いっぱいいるんだぜ。なあ?」
同期の言葉に、「そうそう」って軽く同意するみんな。
「阿部君、硬派だよね」とか「カノジョいるの?」とか、大きなお世話だっつの。
サークルで数学の解について語り合うならともかく、メシ時に女と話してどうすんだ? とても楽しめそうには思えなくて、イラッとする。
店の中に入ると、焼き肉のニオイと独特の音に、ちょっと不満も飛んだけど……いざテーブルに座ったら、またイライラが戻って来た。
食い放題って頼んでんのに、大盛りで運ばれて来た肉を見て、「やーだー」「多過ぎー」とか甲高く喚くし。
焼き肉だっつーのに、「服汚れちゃう」とか「ゆっくり食べようよー」とか言うし。イヤなら帰れ。女ども、ホント邪魔だ。
大体、1時間って制限つきの食い放題で、ドンドン食わねーでどうするっつの。
……こんな時、野球部なら。
高校時代、みんなでバーベキューしたこと思い出し、現状との差にガックリ来る。
まあ、でも、女どもが食わねーなら、その分まで食いまくるだけだ。
馴れ馴れしく話しかけてくんのを、適当に生返事であしらいながら、肉を焼いて食い、野菜を焼いて食う。
喋りながらちょっとずつ食ってるヤツもいたけど、関係ねーし、どうでもいい。予定通り、千円分以上は余裕で食えて、満腹になれたし満足した。
けど――そこに偶然三橋がいたのは、予想外でビビった。
目が合った瞬間、傷付いたみてーに眉を下げられて、ドキッとする。
「野郎だけで食いに来て、空しいな」
三橋らを小馬鹿にしたように笑う、サークルの連中にムカついた。
けど周りを見回せば、オレは女どもに囲まれてて。明らかに野球部の仲間同士で食ってる三橋と、連れてるメンバーに差異がある。
女と一緒になんか、食いたくて食ってた訳じゃねぇ。なのに、三橋は視線が途切れたのをいいことに、不自然に目を逸らし、肉だけを見ようとしてる。
ヤベェと思った。誤解されたかも。
けど、こんなトコで「誤解だ」なんて、さすがに言う訳にいかねぇ。食い放題だし、時間制限のこともあって、さっさと店を出るしかなかった。
「これから遊びに行こうぜ」
仲間からのそんな誘いを、「レポートまだなんだ」つってバッサリ断る。
「そんなのいいじゃーん」
って。よくねぇっつの。
「行こうよ」とか「付き合い悪いよ」とか言われたけど、これ以上女と一緒にいたくねーし。メシ食ったなら、用はねぇ。
自転車でさっさと自分ちに帰り、書きかけだったレポートに向き直る。
けど、さっき見た三橋の顔が、どうにも目の奥にちらついて、ろくに集中できなかった。
野球部の練習中に押しかける訳にもいかねーから、結局三橋に電話できたのは、夜になってからだった。
『も、もし、もし。……何?』
いつもと違う雰囲気に、じりっと焦る。
どんな顔してんだろうって、今すぐ駆けつけてぇ衝動に駆られる。
自分で選んだ進路だし、後悔してる訳じゃねーけど、ずっと付きっきりでいられねぇことを、今更ながら残念に思った。
もう野球第一ではいられねぇ。ただ、三橋だけは大事にしてぇ。それを、どう伝えりゃいいんだろう?
「……一緒にいたの、野球部の同期?」
オレの言葉に、『そう』つったっきり、言葉を詰まらせる秘密の恋人。
「オレも、数研の同期。千円食い放題って誘われたからさー、試しに行って、美味かったら、お前誘おうと思ってた」
『オレ、も』
そう言って、電話の向こうで三橋はふひっと笑ったけど――。
『でっ……でも、当分、焼き肉はいい、かな』
続けた声はほんの少し震えてて、居ても立ってもいらんなくなった。
「好きだ」
思わずぼそりと告げて、立ち上がる。
どんな顔してんのか、泣いてねーか、誤解はとけたのか、電話挟んでぐだぐだ考えてても仕方ねぇ。
「今から行くから」
キッパリ宣言すると『うえっ?』って言うのが聞こえたけど、アイツの動揺癖は今更だし、会いたい気持ちは収まんねぇ。
会って顔見て抱き締めてキスして、それから、肉以外のモノを三橋と一緒に食おうと思った。
(終)
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