Season企画小説 焼き肉と鉢合わせ・SideM (大学生・すれ違い) 「焼き肉の日だから、焼き肉行こうぜ!」 大学の野球部の先輩がそう言ったのは、午前の練習の終わった昼休みのことだった。 「国道沿いにある焼肉屋、1時間食べ放題1人千円!」 どっかで貰って来たらしいピンクのチラシを、ぶんぶんと自慢げに振り回す先輩。「おおー!」とみんなの歓声が響く。 たった1時間だけど、食べ放題千円は確かに安くて、オレも一緒に「おおー!」と騒いだ。 「奢りじゃねーんスか?」 なんて声も上がって、「ふざけんな」って先輩が笑う。 「よし、決まったらさっそく、店までランニングだ!」 「おおー!」 先輩の掛け声に、みんながテンション高く応じる。 大学から国道まで2km近くあったけど、ゴールは焼き肉だし。2kmなら10分だ。日頃ロードで走る距離に比べたら軽くて、ちっとも負担に感じなかった。 みんなでぞろぞろランニングしながら店に向かうと、お昼時なせいもあって、車が何台か停まってる。 平日とはいえ、夏休みだし。やっぱり、1時間食べ放題千円は、魅力的みたい。オレたちみたいな男子学生で、店の中は溢れてた。 肉の焼ける音が、うるさいくらいにじゅうじゅう響いて、店内はガヤガヤ賑やかだ。大きな換気扇でもあるのか、煙はあんま立ってないけど、美味しそうなニオイがヤバい。 ぐうう、とお腹が鳴り、口の端から今にもよだれが溢れそう。 「待てねぇー」 誰かがこぼすのを聞いて、みんなでうんうん同意した。 救いなのは、時間制限があることかな? しばらく待ってる内にどんどん帰ってく人がいて、次々人が減っていく。 先輩たちを優先でテーブルに送り出した後、オレたちが呼ばれるのもすぐだった。 「食い過ぎんなよー」 「無理っスよー」 そんな軽口を躱しながら、食べ放題のコースを頼み、肉と野菜が来るのを待つ。 「人多いなー」 「多い、ねっ」 同期の言葉にうなずきながら、オレはそっと広い店内を見回した。 美味しかったら、阿部君と一緒にまた来よう。そんなことを思って、ふひっと笑ったとき――焼き肉のじゅうじゅう焼ける音に混じって、きゃあ、と弾んだ声が聞こえた。 女の子の声だ。そう思って目をやると、5、6人くらいの女の子たちが2つのテーブルに固まってる。 その同じテーブルには、同じく数人の男子学生の姿が見えて、あっ、と思った。 「ちっ、合コンかよ」 隣の同期がぼやくのを聞いて、ドキッとする。 「ご、合、コン……」 そりゃオレだって、合コンが何かの知識くらいはあるけど、毎日毎日野球漬けで、あんま身近な言葉じゃなかった。 ……彼も、そうだと思ってた、けど。 どうやら違ったみたいで、胸の奥がじくっと痛む。 女の子たちと同じテーブルには、秘密の恋人の姿があって。彼を囲む楽しそうな雰囲気に、ガーンとなった。 「お待たせしましたー!」 間もなく、元気のいい店員さんの声と共に、山盛りの肉と野菜が届けられる。 「よっしゃ、焼くぞ!」 同じテーブルの同期のみんなが、テンション高くトングを掴んだ。 じゅうっと音を立てて焼かれる肉。 「焼け焼け、食え食え」 追い立てられるようにどんどんと肉が積まれ、オレも「うん」とうなずいた。 よそのテーブルに座る誰かの顔なんて、気にしない。箸を持ち、皿を持ち、みんなで競うように食べて行く。 「野菜も食えよ」 「肉、野菜、肉、野菜、肉だ」 どこかで聞いたような誰かのセリフに、「順番気にしてらんねーよ」ってツッコミが入る。 10分もしない内に、空になる皿。 「すんません、お代わり!」 同期の声に、「はーい」って応じる声がする。 再び運ばれてくる大盛りの肉と野菜に、みんなが「よしっ」って声を上げ、一緒にどんどん焼いてった。 じゅうじゅう肉が焼ける音、大口開けて食べて、笑って、楽しいいつもの仲間たち。 ……阿部君と一緒なら、きっともっと楽しくて美味しかっただろう、な。 じわっと湧き上がる思いを、ぶんぶん首を振って頭から追い出す。今は、肉だ。 「あと30分!」 誰かが時計を見ながら叫び、みんなで「おおー」と確認し合った。 「まだ食える!」 「余裕!」 そんなことを言い合いながら、お皿を空にしてお代わりを頼む。 「すみま、せーん!」 代表して手を挙げ、声を上げると、「はーい」と応じる声がする。 阿部君たちが立ち上がったのは、その時だった。 ふと視線を向けると目が合って、ビックリしたみたいな顔をされて、オレの方もギクッとする。 「お待たせしましたー!」 山盛りの大皿を持った店員さんが来て、オレたちの視線が分断される。 阿部君の視線をビンビン感じたけど、なんだかオレの方が気まずくて、もっかい彼の方を見れなかった。 「やぁだぁ、どこの運動部? がっつき過ぎぃ」 きゃっきゃと笑う、女の子の声が耳に届く。 目の前で立つじゅうじゅう音に集中して、何も聞こえないフリで焼き肉だけを視界に入れた。 「食い放題来て何言ってんだ」 「場違いなのはそっちだろ」 隣の同期がぼやくのを聞いて、カクリと顔ごと目を伏せる。 肉と野菜で口の中はパンパンで、何も言えなくてよかったと思った。 阿部君から、フォローの電話を貰ったのは、夜のことだ。 『お前も食い放題、行ったんだな』 って。 『一緒にいたの、野球部の同期?』 「そう。……あ、……」 阿部君は? 訊きたいのを抑えて言葉に詰まると、『オレも』って言われた。 『数研の同期』 「数、研……」 理系に進み、野球を辞めた阿部君が、今どんな活動をしてるのか、オレはあんまよく知らない。 数学研究部ってとこに、ホントに女子がいっぱいいるのかもよく知らない。ただ、阿部君が「同期の集まりだ」って言うなら、それを信じたい。 『同期と試しに行って、美味かったら、お前誘おうと思ってた』 そんな言葉に、「オレも」とうなずく。 「でも、当分、焼き肉はいい、かな」 オレの言葉に、『そーだな』ってうなずいてくれる阿部君。 今、周りには誰もいなくて。じゅうじゅう肉の焼ける音も、騒がしい話し声も、女の子の笑い声も、何もなくて静かで。 『好きだ』 電話越しの、秘密の恋人のひそやかな声も、しっかりと耳に届く。 そこに交じる優しい響きを、彼がそう言ってくれるなら、やっぱり信じたいと思った。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |