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Season企画小説
七夕の日 (社会人同棲)
「七夕だっつーのに、降りそうだなぁ」
 オフィスビルの玄関口でどんより曇った空を眺めて、職場の先輩がぼそりと言った。
 互いに残業を1時間こなした帰り道。駅への道を一緒になって歩きながら、他愛もない雑談に応じる。
「あー、でも天気予報で雨マークは見なかったっスよ」
「マジか。けど天気予報自体、あんま当てになんねーからなぁ」
 先輩のぼやきに、「そーっスね」とうなずく。どうやらこの間、突然の大雨でずぶ濡れになったのが、よっぽどこたえたらしい。
 そん時オレはっつーと、同棲する恋人のお陰で折りたたみ傘を持って来てて、靴先しか濡れずにラッキーだった。
『この雲、絶対雨になる雲、だっ』
 って。どの雲がそうなのかよく分かんねーし、熱く語られても興味ねーけど、三橋は案外色んなことをよく知ってる。

「去年も七夕、雨だったしなー。年1回しか会えねーのに、天の川渡んのムリゲーじゃねぇ?」
「いや、そもそもあれ、旧暦の7月の行事らしーっスから」
 先輩にそんな相槌を打ちながら、ネオン越しに曇った空を眺める。
 8月7日がホントの七夕だ、と、得意げに教えてくれたのも三橋だった。
 そういや埼玉でも、8月に七夕祭りやってるよな。東北の方だったか、結構盛大な七夕祭りの中継を、夏休みのTVで見たことがある。
 つっても、高校時代はそれこそ野球シーズンだったし、7月だろうが8月だろうが、七夕祭りとは無縁だった。
 短冊に願い事書くのだって、意味ねぇし興味ねぇ。ましてや笹飾りなんて、幼稚園で作ったかどうか、そんな記憶もあいまいだ。
「折り紙で、飾り作ったなぁ。ガキの頃……」
 先輩の思い出話にも、「ですねぇ」とは同意できなかった。

 三橋はどうなんかな? 小さな笹を前に、折り紙を切って貼って、ちまちま飾りを作ってんのを想像する。
 けどアイツ、投球以外は不器用だしな。つーか、大人しく笹飾り作るより、水溜りの公園を走り回ってんのが似合いそうだ。
 今はもう、「ハサミ持つな」とかうるさく言ったりはしねーけど、不器用そうなのに変わりはねーし。工作させようって気にはなんなかった。

「笹飾り見てぇなら、祭り行ったらどうッスか。彼女さんと」
 オレの言葉に、先輩は「祭りぃ?」って言いつつ、照れ臭そうだ。
「そーか、浴衣もいいなぁ」
「じゃあ、早く買いに行かねーと」
 明るい夜道を歩きながら、他愛もない会話を淡々と続ける。
 ノリのいい相槌を打ちつつも、きっと先輩は浴衣なんか買わねーし、七夕祭りにも行かねーんだろう。
 じきに駅に着き、「お疲れ」「お疲れっス」って会釈して、別々の電車に乗り込み、帰路につく。
「降らねーといいな」
 別れ際にそう言われ、「そーっスね」と苦笑した。

 七夕は関係ねーかも知んねーけど、週末だし、デートの予定くらいはあるんだろう。そういうオレも、三橋とのんびり七夕デートだ。
 野球シーズン真っ盛りのこの祭りを、2人で楽しめるようになったのは、大学に入ってからだった。
 高校の時も、練習試合か何かの帰りにデカい笹飾りくらいは見た覚えあるけど、七夕自体に興味なかったし、オレの思い出つったら、そんくらいだ。
 それは野球始めた小学校や中学校ん時も同様で、わざわざ祭りなんて行こうと思ったことはなかった。
 でも、三橋にとっては違ったらしい。
『七夕祭り、行き、たい』
 大学1年の夏、三橋に赤い顔で思い詰めたようにねだられて、2人だけで初めて群馬に行った。

 群馬の七夕祭りは、そこそこ盛大で有名なんだそうだ。中学の時も、野球部のみんなが誘い合って、練習の後、屋台をひやかしに行ったらしい。
 三橋も中学に入るまでは、じーさんらと行ったり、イトコや叶らと行ったこともあったようだ。
 けど、いざ群馬に住み始めた中学からは、祭りに行く機会もなくなって……以来、ずっと憧れてたって。
 野球部で人間関係をうまく作れなかった3年間、みんなが誘い合って祭りに行くのを、三橋はどんな思いで見てたんだろう?
『しゅ、修ちゃんは、誘ってくれたんだ、よ』
 そう言ってた覚えもあるけど、まあ、叶1人が誘ったところで、三橋が素直に輪に入れるとは思えねぇ。
 その間三橋はひとり、手作りのマトに向き合って、ひたすらひとりで投げてたんかな?
 高校ん時なら、声さえかけりゃいくらでも付き合ってくれる連中はいたと思うけど、何しろ野球優先だったし、言うに言えなかったらしい。
 バカだなぁと思うけど、そういうバカなとこも好きなんだから、もう仕方がねぇだろう。

『これからは、いくらでも連れてってやるよ』
 そんな約束をした夏は、もう遠い。どっちかの仕事の都合で、群馬まで行けねぇこともあった。
 けど7月が近付くと、どちらからともなくソワソワし始めんのは、毎度のことだ。
 織姫も彦星も天の川も、興味ねぇ。けど、七夕の祭りを楽しむことは、まだ当分続けてぇ。
 三橋の心の奥底のひとりぼっちの少年が、いつか顔を上げて夜空を眺められるようになるまで、オレが何年でも付き合おう。
 短冊なんか書く気はねーし、絵馬じゃねーんだから、書いても無記名に決まってるけど、願い事は大学1年のあの夏からずっと変わんねぇ。

――これからは、ずっと一緒でいられるように。
――もう三橋が寂しくて泣かずにすむように。

「ただいま」
 2人で暮らすマンションのドアを開けると、三橋が笑顔で「お帰りー」と迎えてくれた。
「今日は、冷やし中華の日、だよっ」
 鼻息荒く言われて、「七夕だろ」って苦笑する。そんでもその冷やし中華は、オクラやチーズの星が散りばめてあって、ちゃんと七夕仕様で笑えた。

   (終)

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