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Season企画小説
思い出して欲しいこと・5
「なーんだ、もっと悔しがるかと思ったぜ」
 榛名さんが挑発するように言ったけど、阿部君は「そうッスか」って淡々と答えた。
「うちの圧勝じゃねぇ?」
「コールドでもねーのに、圧勝はおかしいでしょ」
 ニヤッと笑いながら嫌味を言う榛名さんに対し、阿部君はどこまでも冷静だ。
「何だと」
 ぽかっと頭を叩かれても、表情すら変えない。
 邪魔なものを払うように榛名さんの腕を拒み、興味を失くしたように、さっさとベンチに帰ろうとしてる。
 何の未練もわだかまりもなく、達成感も悔しさも見せずない阿部君。こんな敗北の後で、どうしてそんな風に淡々としてられるのか分かんない。
 軽口の応酬じゃない、嫌味の応酬ですらない。かといって、わざと無視してるようにも見えなくて、ケンカにもならないやり取りに、息が詰まる。

「もうちょっと何かねーのかよ!?」
 榛名さんが苛立たしげに言ったけど、阿部君は一瞬立ち止まり、「お疲れっした」って帽子を脱いだだけだった。

 おかしい、なんて、口に出されるまでもなく分かってる。
 ユニフォームの胸元をぎゅっと握り締め、ベンチに戻ってく阿部君を眺める。オレもついて行かなくちゃって思うのに、不安と混乱で足が震えて動かない。
「おい、三橋っつったっけ。あれ、どう見てもおかしーぞ」
 榛名さんにぼそりと言われ、頭1つ高いとこにある、他校の先輩の顔を見上げる。
「病院、連れてった方がいい」
「びょう、いん……?」
 震え声で繰り返すと、「しっかりしろ」って背中を強く叩かれた。
「一度診て貰って、何もねーならそれでいーじゃん。けど、あのままじゃ夏に戦えねぇ」
 夏に戦えない。
 甲子園に行けない。
 そんな大げさなって思う反面、榛名さんの言葉は、オレの心に深く沁みた。

 榛名さんに頭を下げ、ダッと駆け出してベンチに戻る。
 田島君や花井君らがオレを待っててくれたけど、阿部君の姿はもうなくて、血の気がざあっと引いていく。
 控室から出た後、簡単なミーティングしたけど、モモカンの話もオレの頭には入んなかった。
「花井君、学校に帰ったら、今日の反省会まとめてといて。それから今日のメニュー……」
 モモカンからメモを受け取り、花井君が「はい!」と返事する。
 そのやりとりを呆然と見てたから、モモカンが彼を呼ぶ声に、ドキッとした。

「阿部君!」

 名前を呼ばれた阿部君が、無言ですくっと立ち上がる。
「今、親御さんがいらっしゃるから。一緒に来てちょうだい」
 親御さん、って言葉を聞いて、胸の奥がぎゅっと縮む。試合中にホームランを打たれた時よりも、今の緊張の方がキツイ。
 阿部君の様子がおかしいって、ずっと思ってたし不安だったけど、こんな風に突き付けられると、すごいショックだ。
「阿部さん、お待たせしました」
 モモカンの声に、阿部君ちのオバサンが向こうでぺこりと頭を下げる。
「行くぞ!」
 花井君の号令と共に立ち上がり、阿部君が遠ざかる。
 監督と阿部君と阿部君のお母さん、3人でこれからどこへ行くんだろう? 何をするんだろう? 気になって仕方なくて、歩きながらちらちら後ろを振り返る。

「三橋」
 田島君がオレの肩にぐいっと腕を回し、「気になるか?」って訊いた。
「そりゃ気になるよな」
「やっぱ変だよね」
 周りのみんなが口々に言うのを、ぼうっと聞きながら1つうなずく。
『病院に連れてけ』
 榛名さんに言われた言葉を思い出し、胸が痛んだ。
 病院って、何? これは病気なの? 捻挫みたいな分かりやすい症状じゃないから、曖昧で何も分かんない。何科を受診するのか、それも分かんない。
「もどかしいね」
「ちょっと前から、おかしいとは思ってたのにな」
 みんながそうして口々に言うのは、もしかしたら不安の裏返しなのかも。
「オレらに何か、できることあんのかな?」
 ぽつりと呟かれた誰かの言葉に、答えられる人は誰もいない。

 不安がどうしようもなくわだかまり、オレから体温を奪ってく。震えそうになる脚を、前に動かすのが精一杯。自分に何ができるのかなんて、考えることもできなかった。
「元、の、阿部君に、も、も……っ」
 戻るのかな、と、その先を口に出すのが怖くなり、何も言わないまま口を閉じる。
「戻るに決まってんだろ」
 田島君がオレの肩をギュッと抱き、キッパリ宣言してくれたけど、無邪気に「だよね」って信じることはできなかった。


 不安が募る。不安が募る。ここにいない阿部君のことが、気になって気になって仕方ない。
 学校に帰っての反省会も、いけないって思いつつ集中できない。
「もっと打線が繋がるようにしねーとな」
「ヒットは打ってたけど、点にならなかったね」
「昨日もそれは感じたな」
 みんなが口々に意見を出し合い、夏に向けての抱負を語る。
『あのままじゃ夏に戦えねぇ』
 榛名さんの言葉を思い出し、胸が不安でぎゅっと潰れる。
「やっぱ速い球に慣れてぇな」
「速いだけじゃなかったよ」
 次々に出される反省を、マネジたちが黙ってノートにまとめてく。

 そんな中、「阿部がなぁ……」ってぽつりと言ったのは、ベンチから見てた西広君だった。
「やっぱさ、地区大会の時と違って、全体的に覇気がなかったよ。みんな声が出てない。でも、一番出てないのは、いつも一番声のデカかった阿部だ」
 唐突に出された阿部君の名前に、沈黙と緊張が走る。
「じゃあ、阿部の分もオレらが声を出しゃいーじゃん!」
 いつもより大きな声で花井君が言い、いつもより大きな声でみんなが一斉に「おー!」って言った。
「おー、そうだ。みんなでな!」
 いつもよりはしゃいだ声。みんながカラ元気を出し合って、暗くなんないよう上を向く。
 阿部君がいないと元気が出ない。でも去年、彼がケガして抜けたときだって、ピンチだったけど頑張れた。
 あの時は阿部君も前向きだった――と、ちらっと思ったけど、唇を噛んで抑え込む。

「オレ、も! 声、出す!」
 真っ赤になりながら大声で宣言すると、みんながオレを振り向いて、それからドッと笑ってくれた。

 怒鳴らない阿部君、覇気のない阿部君、笑わない阿部君、悔しがらない阿部君。どれもいつもの阿部君じゃないけど、それでも別人になった訳じゃなくて、心配はするけど嫌いにはなれない。
 まだ5月。
 これから夏にはまだ少し、ある、から。
 それまでにオレが、阿部君の分まで、しっかり両脚で立とうと思った。

(続く)

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