Season企画小説
思い出して欲しいこと・4
翌日の2試合目も、危なげなく勝てた。
なかなか打撃が繋がらなくて、得点に結びつかなかったものの、単独ヒットは多かったし、守備の面でも不足はなかった。
試合結果は3対0。
オレの方も、単独ヒットは何本か打たれたけど、幸い失点には繋がらなくてよかった。
阿部君のリードは相変わらず冷静で的確で、相手バッターをうまく翻弄できたと思う。
「単独ヒットは気にすんな」
ベンチでオレにそう告げる阿部君は、平然としてて頼もしかった。ただ、ニヤッとも笑ってくれないのがどうしても気になった。
試合に集中しなきゃって思うのに、違和感がなくならない。
あと、気になったと言えば、キャッチャーフライだ。いつもならアグレッシブに取りに行く阿部君なのに、ちらっとボールを見たまま動かなかった。
結局、その後すぐアウト取れたし、いいんだけど、阿部君らしくないなって思った。
そのことは、モモカンもちょっと気になったみたい。
「さっきのフライは捕れたんじゃないの?」
チェンジになった時、阿部君を手招きして注意してた。
けど、阿部君はそれに対し、表情も動かさないで淡々と答えたんだ。
「オレは無理だと感じたし、勝敗に関係ないところで、敢えて踏み込む必要もないと判断しました」
モモカンは一瞬絶句して、それから「そう……」って短く言っただけだった。
実際、何の影響もなかった訳だし、その場で叱責するようなことじゃなかったから、かな? 監督の考えてることは難しそうでよく分かんないけど、でも、阿部君の態度にはドキッとした。
そんな風に、淡々と言い返す人じゃなかったと思うのに……最近、ホント、やっぱり変だ。
言ってることに間違いはないのに、おかしい、おかしいって本能が告げる。
試合の後、モモカンは個別に阿部君を呼んで、何か話してたみたい。その内容は知らないけど、阿部君は前の大口くんとの時みたいに、肩を落としてはいなかった。
みんな多分、前のアレを思い出したんだろう。顔を見合わせて、不安そうにしてた。
「……大丈夫か?」
花井君が代表するみたいに阿部君に声を掛けたけど、阿部君は不思議そうに「何が?」って花井君に訊き返した。
「何がって……」
そう言ったっきり、言葉を詰まらせる花井君。
栄口君も心配そうにしてたけど、結局それ以上、誰も何も訊けなかった。明日も明後日も試合は続くし、小さな違和感を追及して、空気を悪くするのも困る。
ハラハラはするけど、オレにだって何ができるか分かんない。
きっと花井君も栄口君も、そう思ったんだろう。モモカンに何を言われたか、結局訊き出すことはできなかった。
ビミョーな空気を換えたのは、田島君の明るい声だった。
「まあまあ、いーじゃん。済んだことはさ。それより明日! 武蔵野第一だぜ!」
「おお、そうだな。榛名だ」
花井君が、それに乗るように明るい声で同意する。
「またドカーンと、デカいの2、3発頼むぜ、キャプテン!」
「任せとけ! って、2、3発かよ」
花井君のツッコミに、周りのみんながドッと笑う。ははは、と起きる笑い声に、オレも一緒に笑みを浮かべた。
半分カラ笑いだって分かってる。けど、それに乗らなきゃどうしようもない。
昨日の榛名さんとのやり取りが頭に浮かんで、せっかくのカラ笑いが不安にくもった。
ちらっと阿部君を見ると、ニヤッとも笑ってなくて、無関心に着替え始めてる。
「みっはしーっ!」
田島君の弾んだ声、ぐいっと飛びつくように肩を組まれ、阿部君を見つめる視界がぶれる。
「勝とうな!」
「……うん」
うなずいて、ぎこちなく笑みを浮かべる。キッパリ「うん!」って返事したいのに、カラ元気すら出て来ない。
阿部君がちらっともこっちを見ない。
「なあ、阿部、お前も楽しみだろ」
田島君の問いに、着替える手を休めないまま、「何が?」って訊く阿部君。
「何がって、榛名との再戦だよ。向こうも相当手強くなってんだろうな」
「ああ……」
淡々とした答えに、田島君の顔が一瞬こわばる。
「……よし、今からバッセン行くか!」
「バカ、体を休めんのが優先だ」
そんなやり取りをする田島君と花井君、2人の声もほんの少し震えてて、ああ、やっぱカラ元気だなって分かった。
ビミョーにしーんとする空気の中、何も動揺してないのは、当の阿部君本人だけだ。
「三橋、バッテリーミーティングするぞ」
オレにそう告げる声も、顔も、冷静そのままで逆に怖い。
「まだ着替えてねーのか。早くしろ」
淡々と注意され、「ご、めん」と慌てる。
怒ってる訳じゃない、機嫌も悪くない、浮かれてもないし気負ってもない、自然のままの阿部君。緊張もしてなさそうで、感情的じゃなくて、冷静で頼もしくて――なのに、不安でたまらない。
おかしい、おかしいよ。
「阿部ェ、辛気臭ぇぞ!」
水谷君が、阿部君の脇腹に後ろから両手でこちょこちょしたけど、冷静な目で見返され、その場でピシッと固まった。
「オレ、脇平気だって前に言っただろ」
淡々と告げられ、「う、うん……」とうろたえる水谷君。その水谷君の脇腹を泉君がこちょこちょして、「ぎゃはーっ」と派手な悲鳴が上がる。
けど、阿部君はやっぱ、ニコッともくすっとも笑ってなくて。
「行くぞ」
短くオレに、指示をした。
武蔵野第一との試合は、さんざんな結果に終わった。
オレも頑張ったし、チームのみんなも頑張ったけど、2歩も3歩も届かなかった。
試合結果は、2対6。コールド負けじゃなくてよかった、と、それだけしか言えない。前に千朶戦で感じたのと、同じような力不足。
オレもみんなも肩を落とし、礼をするべくグラウンドに並ぶ。
「ほら、顔上げていけよ!」
みんなにゲキを飛ばす花井君も、やっぱり悔しそうだった。田島君も悔しそう。オレも悔しい。
けど阿部君はやっぱり淡々としたまま、いつまでもどこまでも冷静で――。
「お疲れ」
榛名さんに声を掛けられた時も、顔色なんて変えることなく、「お疲れッス」て返事した。
(続く)
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