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Season企画小説
彼コーデ・前編 (店員阿部×高1三橋続編・2017ホワイトデー)
 駐輪場に自転車を置き、ショッピングモールの中に入ると、館内は少し暖かくて、コートがいらないくらいだった。
 4階まで吹き抜けになってる広い通路は、いつも人であふれてる。
 ショートコートのボタンを外し、風通しがいいように前を開くと、一緒にいたチームメイトが「おっ」と言った。
「レン、そのシャツ最近よく見るな」
 話を向けられて、自分の胸元をちらっと見下ろす。コートの下に着てるのは、黄緑と薄青のチェックのシャツだ。
 確かに「よく見る」って言われる通り、自分でもよく着てる自覚があった。
 着てるだけで幸せな気分になれる服って、貴重だ。
「うん、お気に入り、なん、だ」
 こっくりとうなずきながら、じわっと頬を緩める。
 このショッピングモールの3階でこのシャツを買ったのは、1ヶ月前のことだった。

 シャツだけじゃなくて、コートも、デニムも、靴も、それから今日は着てないけど、白いもこもこのカーディガンも。
 それを選んでくれたのは、阿部さんっていう店員さん。
 顔も声も格好良くて、働いてる姿が格好良くて、笑った顔も格好良くて、夏に出会った時から、ずーっと気になってた。
 主に喋ってたのはお母さんだったけど、さり気にオレの意見も聞いてくれて、アドバイスもくれた。
 あまりに店員さんが格好良くて、緊張しちゃってろくにお礼も言えなかったけど、多分一目ぼれなんだろうなって、自分でも分かってた。
 それ以来、このショッピングモールに何度通ったか。
 部活部活で忙しい中、ちょっとの暇を見つけては、彼の働くお店の前をうろうろした。
 店内に入る勇気はなかったけど、通路沿いに並べてあるセール品を眺めるフリして、彼の姿を探したり。時々聞こえる、「いらっしゃいませー」って声にドキドキしたりもした。
 見てるだけでも十分だった彼に、勇気を振り絞って声を掛けたのは、1ヶ月前のバレンタイン。お母さんから、「服を買おうか」って言われたのがきっかけだった。

 ホントはその時も、一緒に買いに行こうって話になってたんだよ。でも、「友達と行くから」って、断って、お金だけ貰うことにした。
 勿論、友達とっていうのはウソだ。
 オレはその日、頑張って――憧れの店員さんに、上から下までおススメを選んで貰うことができた。
 阿部さんがオレに似合うようにって選んでくれた、オレのための彼コーデ。お母さんにも、学校や部活のみんなにも、「似合ってる」って誉めて貰えた。
 でも何より嬉しかったのは、チョコを受け取って貰えたことだ。
 あんな格好いい人だから、きっと毎年女の子からいっぱいチョコを貰うんだろう。オレからのチョコだって、オレが「お客」だから受け取ってくれたんだって分かってる。
 お返しなんて望めないのも分かってる。
 だって、名前は聞いて貰えたけど、連絡先を交換した訳じゃない、し。オレからは彼の店に行けるけど、阿部さんからはオレに会えない。
 お返しを期待して、店に行くような真似をするのも……何も貰えなくてガッカリするのも、考えるだけでイヤだった。

 先月チョコを買った、ショッピングモールの催事場は、青と白で彩られたホワイトデーコーナーに変わってた。
 あまりそういうの見たくなかったけど、今日はここでの買い物が目的だったから仕方ない。バレンタインに野球部のマネジから貰った、チョコの御礼を選ぶんだ。
 ホントならこういうのは、キャプテンとか副キャプテンの仕事なのかも知れないけど、キャプテンは塾があるらしくて、代わりにオレたちが選びに来た。
 いつもお世話になってるし、これくらい……って思ったけど、いざ選ぶとなると大変だ。思ったより種類が多くて選びきれない。
 キャンディやクッキー、マシュマロにマカロン、ホワイトチョコ。バレンタインはチョコ1択なのに、ホワイトデーはなんでこんな、いっぱい種類があるんだろう?
 女の子なら、どれでも好きかなって思うけど、そういうモノじゃないみたい。
「ホワイトデーのお返しって、意味があるって知ってるか?」
 チームメイトの言葉に、ぶんぶんと首を振る。あげていい物、悪い物、色々あるみたいで、難しいなぁって思った。

 キャンディが「好き」で、マシュマロが「ごめんね」で、クッキーが「友達」? じゃあ、義理チョコへのお返しはどれなんだろう?
「金額も色々だなぁ」
 チームメイトの言葉に、「うん」とうなずく。
 種類もいっぱいなら、値段も色々。メーカーも色々で、目移りする。
 上から下までお菓子のいっぱい並んだ棚は、催事場にずらっと並んでて、見て回るだけでちょっと楽しい。
 赤がメインのチョコとは違って、青がメインになってるのは、男が買いやすいように、かな?
 ……あの店員さん、阿部さんも、誰かのお返しに買ったりするの、かな?
 モテるんだろうなぁって思うと胸の奥がモヤッとするけど、あんだけ格好良ければ当たり前だよな、とも思う。

「1000円2000円超えるのも多いなぁ。やっぱ大人用かぁ?」
 チームメイトのぼやきに答えたのは、一緒に来てた別の友達、だ。
「いやー、大人用ったらやっぱ、ハンカチとかアクセサリーとか選ぶんじゃねぇ?」
 彼の目線の先の棚には、確かにそういうコーナーもあって、ホントに色々だなぁと思う。
「うわ、何倍返しだよ?」
「でも2000円分のキャンディより、ハンカチの方がよくねぇ?」
 チームメイトたちの会話を聞きながら、一緒に棚を覗き込む。
 ハンカチなら、阿部さんのあの店に置いてないの、かな? 買い物っていう理由があるなら、あの店に堂々と行ける?
 そう思った時――。

「あれ、この間の」
 耳に心地いい声と共に肩をぽんと叩かれて、振り向くと阿部さんがいて、ドキッとした。

(続く)

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