Season企画小説
彼コーデ・後編
会えると思ってなかったから、ドキッとした。カーッと顔が熱くなってくの、自分でも分かる。
「三橋君だっけ」
阿部さんはオレの名前を呼んで、大きな手で頭を軽く撫でてくれた。
「名、前、覚えて……」
「そりゃ覚えてるよ、当たり前だろ?」
オレの呟きに、ニヤッと笑って答えてくれる阿部さん。相変わらず格好良くて、相変わらず優しい。
一緒にいたみんなを見回しながら、「友達と買い物か?」って訊かれて、こくこくとうなずく。
「あの、野球部のマネジ、に」
説明すると、阿部さんは目の前の催事場を眺めて、納得したように「ああ」って言った。
「そーか、ホワイトデーか。マネジの子にあげんの?」
「はい、あの、みんな、で」
オレの答えに、「ふーん」と格好いい顔で笑う阿部さん。「他には?」って訊かれてキョトンとしてると、整った精悍な顔を、ぐいっと近付けられた。
「他には貰ってねーの? チョコ」
耳元でこそりと訊かれて、赤面しながらしっかりうなずく。
「も、貰ってない、です。わ……渡したのも、1人だけ、で」
ごにょごにょ言いながら、阿部さんの格好いい顔をちらっと見上げる。後半は余計だったかなって思ったけど、「そーか」って笑って貰えてよかった。
「オレも、チョコ貰ったの1個だけだぜ」
「そ……」
ニヤッと笑いながら告げられて、ギクシャクとうなずく。こんなに格好いいのに、そんな訳ないって思ったけど、「いっぱい貰った」って言われるより断然いい。
阿部さんはやっぱ、優しくて大人だなぁと思った。
阿部さんは今、休憩中だったみたい。お昼にはかなり遅い時間だと思うけど、休憩は交代制だから、どうしても時間はずれ込むんだって。
そんな貴重な時間に……って思ったけど、阿部さんには逆に「ちょうどいい」って言われた。
「オレもさ、三橋君に渡したい物があったんだ。今から店来れねぇ?」
大きな手で肩にぽんと触れられて、どんどん顔が熱くなる。
渡したい物? なんだろう? 早く知りたくてドキドキするけど、今は野球部の買い物中で、阿部さんのお店に行くのはちょっと難しい。
「い、今は、ちょっと……」
一緒に買い物に来たみんなの方を、ちらちらと伺う。
みんな、商品を選ぶのを忘れてこっちの方をじっと見てて、さすがにオレも恥ずかしい。
「あ、後、で」
そう言うと、オレの言葉を遮るように、チームメイトの1人が言った。
「いーぞ、行って来いよ、レン」
ニカッと笑われて、ドキッとする。
「マネジへのお返しは、オレらで選んどくからさ。なあ?」
彼の言葉に、他の友達も「そーだな」ってうなずいた。
「お返し選ぶのに、んな人数いらねーしな」
そんな風に言われると、見透かされたようで余計に恥ずかしかった。
催事場に近付きたくはなかったけど、その反面、ちらっとでも会えたらなーって期待してたのも確かにあって、何もかもバレバレみたいで居たたまれない。
「どういう知り合い?」
肩にぐいっと腕を回され、こそっと耳元で訊かれて、ごにょごにょと答える。
「シャツ、選んでくれた、人」
正直にそう言うと、チームメイトは「へえーっ」って感心したように笑った。
「レン、そのシャツ、すげー気に入ってんもんな」
大きな声であっけらかんと暴露されると、事実なんだけど恥ずかしい。
「ほら、いーから行けよ」
「じゃーな」
「また明日」
みんなに見送られ、ギクシャクと手を振りかえす。「頑張れよ」って言われても、何を頑張るのか分かんない。
阿部さんに隣でふふっと笑われて、恥ずかしさが倍になった。
「気に入ってくれてんだ?」
歩きながらシャツのエリに触れられて、びくっと肩が跳ねた。
「だ……だって、阿部さんが選んだの、だし……」
正直に告げながら、じわじわと顔が熱くなる。
色も柄も気に入ってるけど、阿部さんが選んでくれたっていうだけで、オレにとっては特別だ。
「ボトムスもコートも、ちゃんと着て貰えて嬉しーよ」
そんな風に言って貰えて、オレの方こそ嬉しかった。
エスカレーターで3階に上がり、まずは阿部さんの働くお店に向かった。
「ちょっと待ってな」
店頭でそう言われ、中に入ってく阿部さんを見送る。
照明を抑えたスタイリッシュな店内は、いつ見ても素敵な洋服がいっぱいで、雰囲気もすごく格好いい。
「SALE」って赤文字で書かれたワゴンの中を覗きながら、お店の中をちらちら見る。間もなく「お待たせ」って戻って来た阿部さんも、相変わらず格好良かった。
ぽうっと見とれてると、目の前にキレイにラッピングされた包みが差し出された。
「チョコの御礼。つっても、うちの商品でワリーけど」
ぼそっと告げられ、ニヤッと笑われて赤面する。
ありがとうって言いたいのに、ノドが詰まって声が出ない。はくはくと口を開け閉めしてると、ふふっと笑われて優しく頭を撫でられた。
「顔、真っ赤だぜ」
耳元で囁かれ、さらにカーッと血が上る。
包みの中身は、シャツなんだって。ラッピングも自分だって聞かされて、さすがだなって感動した。
立ってるだけでも格好いいのに、格好いい服を格好よくラッピングもできるって、なんて格好いいんだろう。
「も、もったいなく、て、開けられない」
震える声で正直に言うと、「いや、開けろよ」って笑われた。
「その中のシャツ着てさ、今度休みにどっか行かねぇ?」
「どっ、か?」
つっかえながら問い返し、目の前の大人の精悍な顔を見上げる。
「気に入って貰えたらいーんだけど」
ぽん、と頭を撫でられて、「はい」って返事しながら笑みがこぼれた。
キレイなラッピングを抱き締めて、どんどん赤くなる顔を隠す。
その中身は、彼が選んでくれたっていうシャツ、で。正真正銘の彼コーデだなって、そう思うと嬉しくて、顔が緩んで仕方なかった。
(終)
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