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Season企画小説
オレコーデ・後編
 試着した服をそのまま着てくっつーので、取り敢えずはレジから電卓を持ってきて、全部でいくらになるか計算した。
 ざっと数えてたから予算内なのは間違いねーけど、念の為。
「全部で税込15800円。どうする?」
 顔を覗き込みながら訊くと、「買い、ます」ってこくこくうなずかれた。
 中高生らしい布製の財布から、万札を2枚出す、少年の仕草をじっと見る。甘い顔立ちに似合わず、右手の指がゴツゴツしてて、そういや投手なんだっけ、と思った。
 色白いし可愛いし、「男子」って感じはしねーけど、それなりにモテるんだろうか?
 ため息を呑み込み、2万円を受け取って少年をレジに連れて行く。
「お釣りが4200円な。ポイントカードは持ってるか?」
 オレの問いに、少年はわたわたと硬貨をしまい、札をしまって、「あり、ます」って答えた。
 もたつきながら、財布のポケットから出してきたのは、黒地にベージュ柄の2つ折りカード。間違いなくうちの店のポイントカードだけど、ちょっと意外で驚いた。

 ポイントカードの有無を訊いたのは、ほとんど習慣で口癖みてーなモンだ。ホントに持ってると期待してのことじゃなかった。
 カードに残された日付は8月。作った担当はオレになってて、更に驚いて2度見する。
 毎日何十人も接客するんだから、よっぽどの常連でもねーと、いちいち顔なんて覚えてねぇ。けど、こんな印象的なヤツの顔、覚えてなかったなんて、我ながら信じらんねぇ。すげー損した気分。
「……へぇ、前にもうちで買ってくれたんだな」
 動揺を隠し、平然とした声を装いながら、値段分のスタンプを押してカードを返す。
「は、はい。前はオヤと、来て」
「ああ……」
 親と来たっつーなら多分、オレはレジ打ちだけだったんだろう。オレが覚えてなかったのと同様、彼だってオレのことを覚えてるハズもねぇ。
 今日のことだってきっと、すぐに忘れられるんだろうと思った。

「じゃあ、服のタグ取っちまおうか」
 試着室に戻り、中に残したままだった服を、店のロゴの入った紙袋に入れてやる。ハサミを取り出し、服のタグを1個1個切ってやることにしたのは、もうちょっと関わっていたかったからだ。
 色白で小柄で、赤面症で可愛い少年。細身なのにしっかりと鍛えた体してて、成長期独特の若々しい魅力にあふれてる。
 10代・20代向けの店なんだから、そういう客は山のように来るっつーのに。なんで彼だけが、こんなに気になんのか自分でもワカンネー。
 前の出会いを覚えてねぇから?
 上から下まで、オレ好みの服で揃えてやったからだろうか?
 そのオレ好みの服を着て、誰かの元に行こうとしてんのが気になるからか?
 それとも……少年本人が、オレ好み?

「今からデートだっけ?」
 湧き上がる気持ちを抑え込み、笑みを浮かべながら訊くと、ぶんぶん首を横に振られた。
 柔らかそうな猫毛が、胸元を掠める。
「そ、そんなん、じゃ……」
 しどろもどろになって、照れてる様子もやっぱ可愛い。
「でも好きなんだろ?」
 ニヤッと笑いかけると、赤い顔がますます赤くなった。耳も、首も、タグを取ってやるべく覗き込んだ、シャツのエリの奥まで赤い。
 買ったばっかの新しい服で、好きなヤツに会いに行く、って。デートじゃねーなら、告白だろうか?
 そういや、そろそろバレンタインだっけ? つーか、あれ、今日か?
 頑張れよ、と応援してやることも、なんでか気分的にできなくて、貼り付けた笑みのまま「へぇ」と相槌を1つ打つ。

 仕事中だっつーのに、なんで引き留めてぇと思うんだろう。引き留めてどうすんだ。
「今の服、すげー似合ってるし、可愛いぜ」
 頭1つ分低いとこにある、ふわふわの頭をぽんと軽く撫でてやると、少年はびくっと首を竦めて、でも嬉しそうに笑ってた。

 何度も何度もオレの方を振り返りながら、少年は元着てた服を入れた、デカい紙袋ぶら下げて帰ってった。
 その姿が見えなくなってから、貼り付けてた笑顔を剥ぎ落とし、はぁー、と深いため息をつく。
「お疲れー、懐かれてたね」
 同僚の女スタッフのねぎらいに、「まぁな」と返事して時計を見ると、彼が来てから小1時間経っててビックリした。
 セール中の土日とか、くそ忙しい時期にはそういうこともあるけど、こんな平日の夕方に時間を忘れてるなんて初めてだ。結構舞い上がってたんだな、と、自覚するとちょっとおかしい。
「リピーターだったみてーだ」
 言い訳のように説明すると、「へぇー」って笑顔で感心された。
「いいなー、阿部君の? 常連になってくれるといーねー」
「そーだな。オレのっつーか、店のリピーターな」
 「店の」を強調しながら、これも言い訳みてーだなと自分でも思った。

 また次回、彼が来てくれることはあるんだろうか?
 そん時も、オレに声かけてくれんのかな?
 名前も知らねぇ、ただの客。1日何十人も接客する中の、通りすがりのほんの1人。そう思うのに、なんでこんな、モヤモヤが長く続くんだろう?
 もっかい店に来てくんねーと、2度と会うこともできねぇ関係。
 彼にとってのオレだって、星の数ほどある店の、スタッフの1人にしか過ぎねぇって分かってんのに。なんでこんな、追いかけてぇって気持ちになるんだろう。
 仕事中でよかったのか、悪かったのか。
 はぁー、ともっかいため息をつき、オープン棚の整理をするべく大股でフロアを移動する。
 空いたハンガーに在庫品を掛け、減った棚には補充して、乱れた商品を整えて……。在庫管理、発注管理。店内に客がいなくても、やることはいっぱいだし、ぼうっとしてる暇はねぇ。
「いらっしゃいませー」
 同僚の声掛けに合わせ、「いらっしゃいませー」と続ける。

「すみませーん」
「はーい、ありがとうございまーす」
 客の声に応じる同僚の声。レジの音、話声。いつもの店内の、いつもの風景。
「ありがとうございましたー」
「ありがとうございましたー」
 手を動かしながら、同僚の声に合わせてお決まりの言葉を口にして――。

「あの、すみま、せん」

 斜め後ろから声を掛けられたのは、その時だった。
 聞き覚えのある、少し高めの少年の声に、ドキッとしてバッと振り向く。そしたらそこに、さっきの客の少年が、さっき去ってったままの姿で立ってたんでビックリした。
 まさか返品か? 一瞬どよんとしたものの、それより再会の喜びの方が上で、社員としてはどうなんだ。

「どうかした? 忘れ物?」
 にっこりと営業スマイルを浮かべ、少年に視線を向ける。赤面症らしい少年の顔は、さっきと同様、とんでもなく赤い。
 てっきり今頃、好きなヤツんとこに行ってると思ったのに。
「ひとり?」
 さり気なく周りを見回しても、少年の連れらしい人影はなくて、じわっと胸が熱くなる。
 1日何十人も訪れる、ただの客の1人に過ぎねぇハズなのに、なんでこんな……?
「あのっ、オレっ」
 少年の上ずった声を聞きながら、ノドがカラカラになったような気がした。
「オレ、て、店員さん好みの格好で、格好よく、して、貰ってから、告白したく、て」
「ああ」
 うなずきながら、目の前の真っ赤な顔をじっと見つめる。

 1階の催事コーナーで買ったばかりらしい、赤いペーパーバッグの中身は何だ? 期待しても、いーのかな?
 少年の赤面につられて、こっちまで顔が熱くなる。
「夏、から、ずっと好き、でした」
 ぐっと差し出されたペーパーバッグを、震える手で受け取ると、一瞬手と手が触れ合って、ガキみてーにドキッとした。
 同じ男から、しかも名前も知らねぇ客から、チョコ1個貰っただけなのに。そんな純情ぶるような年でもねーのに。じわじわと全身が熱くなって、年甲斐もなくて自分でも笑える。
 大人ぶりてーのに、格好つかねぇ。
「あんがとな」
 精一杯の平然とした声で礼を言い、目の前のふわふわな頭を撫でる。

「取り敢えず、名前教えて」
 彼だけに聞こえるよう、耳元でこそりと囁くと、少年がカーッと赤面してくのが分かった。
 オレの選んだコート、オレの選んだ春色のシャツ、白いカーディガンもスキニージーンズも淡い青のスニーカーも、何もかも似合ってて、すげー可愛い。
「三橋廉、です」
 真っ赤な顔でこそりと答える、その様子も可愛い。
 仕事中だよ、と、同僚の視線は痛ぇほど感じたけど、今はちょっと、それどころじゃなかった。

   (終)

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