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Season企画小説
鬼渡し・4
 午後の豆まきでは、分校のすぐ近くに住む悠一郎の祖父が、赤鬼の面をかぶり、おどけた鬼役をしてくれた。
 廉を除く子供たちはみんな、きゃあきゃあと笑い声を上げながら、赤鬼を追いかけて豆をまいた。
 おどけたようにひょいひょい逃げ回っていた鬼が、その内「がおー」と反撃して来て鬼ごっこが始まり、まとめて女教師に叱られたりもしていたが、廉は仲間に入らなかった。
 自分の作った黒鬼の面を深くかぶり、教室のすみで小さくヒザを抱えてうずくまって、帰りの時間が来るまで動かなかった。
 悠一郎や梓は勿論、ほかのみんなにも「どうしたの?」と訊かれたが、首を振るだけしかできなかった。
「廉も来いよ、楽しーぞ」
 手を引っ張り、ちょっと強引なくらいに誘ってくれたりもしたが、黙ったままぶんぶんと首を振って拒絶した。
「鬼が怖ぇーのか? あれ、うちのじーちゃんだぞ?」
 キョトンとした声で顔を覗き込まれても、廉の態度は変わらない。
 そのうち諦めたのか、それともそっとして置こうということになったのか。時々視線は向けられるものの、誰も無理に廉を、豆まきに誘おうとはしなくなった。

 分校の豆まきはわいわいきゃあきゃあと賑やかなモノで、祖父の家のようにビシリビシリと豆の音が響いたりはしなかった。
 これなら怖くないと、そう思う一方で、そういう問題じゃないのだ、とも思う。
「鬼はぁ外、福はぁ内」
 無邪気な子供たちの、はしゃいだ掛け声が雪に埋もれた分校に響く。それがどういう意味なのかも、分かってなさそうな笑い声。
 鬼は追われるものなのだろうか? 何も悪いことをしなくても?
 隆也も? 追われて、豆をぶつけられたことがあるのだろうか? それはやっぱり、痛かったのだろうか?
 考えれば考えるほど悲しくて、廉はどうすればいいか分からなかった。小さな胸がぎゅうっと痛んで、はしゃぐことなんてできそうにない。
 鬼ごっこも影鬼も、みんなと何度も遊んだことあったのに。どうして今まで、何も不思議に思わなかったのだろう?

 豆まきが終わり、鬼の面をかぶったままの悠一郎の祖父が帰った後も、廉は教室の隅から動けなかった。
「鬼さん、さよならー!」
 笑いながら手を振るみんなは、あの赤鬼を怖がってない。それが分かっているのに、腹の中がぐるぐるして、すごくすごくモヤモヤした。
 さよならの時間が来て、みんなが元気に帰り始めても、顔を上げることができなかった。
「廉、また明日な」
 梓に頭をこつんと小突かれても、反応を返せない。
「れーん、家に遊びに来ねぇ? 遊ぼーぜ」
 悠一郎に誘われても、鬼の面をかぶったまま、力無く首を振るだけだ。
 のろのろとランドセルを背負い、教室を出て、げた箱の横でしゃがみ込む。寒いと感じる気力もない。どんよりした雪空のように、廉の心は曇ったままだ。
 いつものように、黒ずくめの青年が廉を迎えに現れても、ぱぁっと笑みを浮かべることはできなかった。

 廉は鬼の面を付けたまま、ダッと駆け寄り、大好きな隆也にしがみついた。
「ははっ、それどーした? 作ったのか?」
 隆也に嬉しそうに「上手だな」って誉められて、きゅうっと胸が痛くなる。力強い腕に抱き上げられ、その温かさに、廉はたまらずべそをかいた。
「ん? どーした、何かあったのか?」
 答えない廉を抱いたまま、隆也がゆっくりと山の方へ歩き出す。いつもなら手を繋いで並んで歩く帰り道も、廉を腕にして進んでくれる。
 ぎゅっぎゅっと雪を踏み締めて歩く隆也の後ろに、大股の彼の足跡がついて行く。
 隆也は優しい。大きくて強くて温かい。大好きで大事な、廉の伴侶だ。
「鬼もいーけど、可愛い顔も見せてくれ」
 甘く囁きながら、隆也が鬼の面をひょいと持ち上げ、その下の顔を覗き込んだ。整った精悍な顔は、優しい笑みを浮かべていて、何だか少し照れ臭い。
 泣くなと言わないのも、彼の優しさなのかも知れなかった。涙まみれの頬に、ちゅっと優しい唇が落とされる。
 
「友達とケンカでもしたか?」
 静かな問いに、廉は小さく首を振った。すんすんと鼻をすすり、あふれる涙を手袋でぬぐう。
「ま、豆、まき……っ」
 ひぐひぐとしゃくりあげながら、廉が口にしたのはそれだけだったけれど――それで十分伝わったらしい。
 隆也は「そーか」とうなずいて、廉をぎゅうっと抱き締めてくれた。

 山小屋に帰り、火を入れた囲炉裏で温まりながら、廉は隆也の作ってくれた温かいしょうが湯を飲んだ。
 町で買い込んだ砂糖を贅沢に使ったしょうが湯は、とても甘くて、ほんの少しピリッとしていて、まるで隆也のようだと思う。
 全部飲み干す頃には、体中がぽかぽかと温かくなっていて、心も随分温まった。
「落ち着いたか?」
 優しく頭を撫でられて、素直にこくんと1つうなずく。「話せるか?」と訊かれて、それにはちょっとためらったけど、勇気を出してまたうなずいた。
「あの、ね。今日、学校でま、豆、まき、鬼は外、って」
 震え声で訴えると、「ああ」って優しい声で言われた。何もかも受け入れているような静けさに、ひぐっと嗚咽がこみ上げる。
「たっ、隆也も豆、ぶつけられた? 豆、痛くない?」
 訊きながら、せっかく落ち着いていた涙がぶり返して来てしまって、廉の視界が涙で滲んだ。
 
「いや、豆をぶつけられたこともねーし、例えぶつけられたって、たかが大豆なんか痛くもねーよ。でも……ありがとな」
 耳に響く、穏やかな深い声。
 そっと頭を撫でられ、「優しーな」って誉められて、嗚咽が静かに消えて行く。ヒザに抱かれ、彼のぬくもりを背中に感じてる内に、肩のこわばりも解けて行った。

 隆也が言うには、「鬼は外」の鬼とは、エキビョーとやらのことらしい。
 京の都がどうとか、門の外がどうとか、隆也の話は難しくて廉には少しも分からなかったけれど、あまり気にすることはなさそうなのだと、なんとなく伝わった。
「豆まきが始まったのは、室町時代ぐらいからで、その前は……」
 とか。
「お前が作ったみてーな、怖い面をかぶった役人が、本来は厄を払ってたんだぞ」
 とか。
 1000年も昔のことを、隆也はまるで見てきたように面白おかしく語ってくれた。
 そもそも、豆を恐れてもいないようだ。
「豆っつーのは、魔を滅するって意味があるとか言われてっけど、本来はよそから入って来た風習で……」
 そんなことを言いながら、煎った大豆を皿に盛って、廉の前に出してくる。何やら茶色いようなのは、焦げてしまったからだろうか?

「豆、まく、の?」
 びくりと震えながら訊くと、ははっと軽く笑われた。
「これはまくにはもったいねーなぁ」
 隆也の大きく長い指が、皿の大豆を1粒つまむ。それを口元に持って来られ、反射的に口を開けると、ころりと甘い豆が舌の上に転がった。
「ん……あ」
 目を見開いた廉に、自分もぼりぼりと食べながら、「美味ぇだろ」と隆也が笑う。砂糖じょうゆで味付けされた煎り大豆は、甘くて美味しくて、確かにまくにはもったいない。
 豆って怖くないんだなぁと、甘い豆を食べながら、廉は思った。

 ここには、豆をまく祖父もいないし、逃げ回る赤鬼もいない。豆をぶつけられて、痛い思いをすることもない。豆で追われるのは、隆也じゃない。
 何より、鬼を追い払う豆を平然と食べてしまう隆也が、誰よりも頼もしく思えて、廉はようやくホッと笑った。

(続く)

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