[携帯モード] [URL送信]

Season企画小説
ハワイアナ・6 (完結)
 密着取材のラストは、1月3日に撮影された。
 まず撮ったのは、阿部さんたちの初詣のシーン。元旦にオレと2人で行った神社に、取材クルーを伴って行く。
 ハワイにも神社やお寺がいくつかあるんだって、現地に来て初めて知った。結構有名なんだって。お守りも売ってるし、おみくじも引ける。
 元旦にはすっごい行列だった神社も、3日の午後にはだいぶ空いてた。
 柏手を大きく打ち、お祈りする阿部さんたちの姿を、斜め前からと後ろからの、2方向で撮影する。
 オレも一緒に……って言いたいとこだけど、邪魔になるので留守番、だ。取材用に用意されたロケ車の中で、モニター越しに阿部さんを見つめる。
 真摯な顔で目を閉じて、神様に挨拶する阿部さん。ここには、どういうナレーションが入るんだろう?
 オレは現地ロケの担当だけど、番組を通してのナレーションは、落ち着いた声のベテラン声優さんがするらしい。

 落ち着きって、今のオレにはちっとも備わってないモノだ。
 オレみたいな駆け出しが、海外ロケの取材をまるまる任されること自体、大抜擢なんだけど、それはやっぱり阿部さんの希望の分が大きい、し。オレの実力じゃないと思う。
 阿部さんのお陰で、色々出させて貰ってるけど、アナウンサーとしてっていうより、イロモノ扱いな感じ、する。
 失敗も多いし、ダメ出しも多い。リテイクもすごく多い。
 苦手な犬をけしかけられたり、ドッキリ企画を仕組まれたり……。「面白くない」って言われるより、「面白い」って言われた方がいいんだろうけど、複雑、だ。
 いつかオレも、阿部さんみたいに実力で立てるようになれる、かな?

 元旦に2人で行った初詣では、「今年も阿部さんと一緒にいたい」ってお祈りした。
 「アナウンサーとして認められたい」って、今までのオレなら願うとこだけど、そういうのは神頼みじゃなくて、自分で掴むものだ――みたいなことを、阿部さんが言ってた。
 阿部さんは今まで、野球のことでお祈りとか、したことないんだって。
 甲子園行けますように、とか、プロになれますように、とか、試合に勝てますように、とか。
「そういう神頼みって、意味ねーだろ」
 って。実力あるから言えるんだろうな、とも思うけど、スゴイなぁとも思う。
 阿部さんはオトナだ。プロとして、自分のプレイに誇りを持ってるんだなって、しみじみ感じて尊敬した。

 お参りシーンを終え、阿部さんたちが縦一列に並んで、鳥居から出て来た。
 あらかじめ打ち合わせした通り、軽くランニングしながらカメラの前を通り過ぎ、軽快に走り去っていく。
 青い空の下、ラフなTシャツにジャージ姿で走るプロ選手の方々は、どこまでも爽やかで格好いい。
 観光に来た訳じゃない、遊びに来た訳じゃない。今年1年、存分に戦う力を得るために、体を作りに来たんだって、よく分かる。
「プロって格好いいですねぇ」
 ロケ車の中で、スタッフの誰かがぽつりと言った。
「オレらだって、報道のプロだろ」
 ディレクターさんの言葉に、「確かに」って笑いが起きる。
 いつかオレも、プロだって堂々と胸張って言えるかな?
 後ろから追い越した瞬間、先頭を走ってる阿部さんが、ちらっとロケ車の方を見て――目が合った訳じゃないのに、ドキッとした。

 最後のシーンは、練習場での撮影だ。
 無人の練習場に先に戻り、入り口のフェンスの手前で、阿部さんたちが走って来るのをじっと待つ。
「見えましたー」
 ADさんの合図で、回り始めるカメラ。やがて路地の角を曲がり、向こうからみんなが、軽やかに走ってくる。
 全員の背中を見送ってから、その映像をチェック。OKが出たら、オレの出番だ。カメラを伴って練習場に入り、ストレッチしてる阿部さんの元に近付く。
 真剣な様子でストレッチしてる阿部さんは、いつもTV越しに見るプロアスリートの顔してた。あんだけの距離を走って来た後なのに、息ひとつ乱してない。
 合図を受け、阿部さんに向けられるカメラ。
 あらかじめ決められた立ち位置から、インタビューするべくカメラを構える。
――今年の抱負を教えてください。
 最後のインタビュー、オレのセリフはこんだけ、だ。短いから、カンペもない。完璧に頭に入ってる。

「今年の抱負を教えてください」
 つっかえようもない短いセリフなのに、最後だと思うと緊張した。マイクに声を吹き込み、そのまま阿部さんの方に差し出す。
「ケガのないように……。後、悔いのない1年にしたいですね」
 自信たっぷりに、ニヤッと笑みを浮かべる阿部さん。肩ひじ張らない自然体で、自分の持てる力をしっかり見つめてる。
「今年も3S目指します」
「打率4割を越えたいですね」
 他の選手の方々にも、同様にマイクを差し出してインタビューを撮った。
「はい、カット。OKです」
 ディレクターさんの声に、ぱちぱちとスタッフみんなが拍手する。
 ハワイロケ、終了、だ。

「お疲れ」
 阿部さんのねぎらいに、ぺこりと慌てて礼を言う。
「は、はい。お疲れ様、です」
 アナウンサーと、取材対象のアスリート。ホントは恋人だし、周りにもバレバレなのかも知れないけど、今は仕事中だから、顔が緩むのを我慢する。
「はい、撤収」
 オレの手の中からマイクが抜かれた。
「撤収でーす」
「お疲れ様でしたー」
 スタッフの声が練習場に次々響き、カメラもマイクも引き下げられる。
 撤収が早いのは、練習の邪魔しないためと、あんま時間がないからだ。放送予定日まで、あと数日。ADさんたち一部のスタッフは、今日の夜の便で帰国だって。

「みなさん、今回はご協力ありがとうございました」
 ディレクターが深々と挨拶し、オレも一緒に頭を下げた。終わったっていう感慨は、まだない。阿部さんたちは引き続き自主トレ、オレたちはロケ車に戻って最終チェックだ。
 オレはまだ数日滞在するけど、他の人はどうか分かんない。他の取材があるかも知れない。
 もっかいぺこりと頭を下げ、ロケ車に戻るべく背を向ける。
「三橋」
 阿部さんに呼び止められたのは、その時だった。
 オレに構わず、どんどん去ってくディレクター。その背中と阿部さんとにキョドキョド視線を移してると、ぐいっと肩を抱き寄せられた。
 何の用かと思ったら――。

「スーパーにSDカード売ってたから」

 そんなことを言われて、カーッと顔が熱くなった。
「ど……っ」
 どういう意味ですか、って、訊きたくても訊けない。SDカードを買った阿部さんが、それを何に使うかなんて、訊かなくても分かってる。
 まだ仕事中なのに、この赤面、どうすればいいんだろう。
 とっさに言い返すこともできなくて、頭を下げてダッと逃げ出す。後ろで「ははは」って笑ってる阿部さんは、今日も機嫌よさそう、だ。
「はいはい、三橋君。仕事仕事」
 ロケ車に戻ると、スタッフのみんなに軽く頭を小突かれた。色々知られてるのは間違いないけど、生温く見守られてるみたいで、どうしようもなく気恥ずかしい。

 帰国まで、あと数日。
 オレの熱いハワイロケは、まだしばらく終わりそうになかった。

   (終)

[*前へ][次へ#]

6/29ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!