Season企画小説
さよならが降り積もる（Ｓｉｄｅ Ｍ） ５・終
本当に好きだったんだって伝えたくて、最後のチョコレートを用意した。
2月14日、月曜日。
今日が何の日か、阿部君は判ってるかな。
チョコを見たら、思い出してくれるかな。
それとも……また舌打ちを一つして、「甘いモンは好きじゃねぇ」とか言われるのかな。
オレは、阿部君の前で泣いちゃった日から一週間かけて、自分の荷物を整理した。すぐに必要で、持って行かなきゃいけない物は、ボストンバッグとキャリーバッグに詰め込んだ。
特に急がない物……例えば春夏用の服とか、教科書やビデオやアルバムなどは、ダンボールに入れた。
これでいつでも出て行ける。そう思ったら、嘘みたいに心が軽くなった。
そして今、オレは、持って行かないものの整理をしている。一つ一つ確かめて、ローテーブルの上に並べていく。
阿部君がオレのために作ってくれた、数学の要点ノート、高校３年分。阿部君の手書きだから、筆跡がゆっくり変わって行った様子がわかる。とてもありがたくて、とても大事だった。このノートを貰った時は、オレはまだ自覚がなくて……自分の気持ちは、バッテリーへの執着なんだと思ってた。
高３のクリスマスに、初めて恋人として貰ったマフラー。ベージュと黄色と茶色のタータンチェック。オレって、そんなイメージだって言ってたな。オレがあげたのは確か、黒の手袋だ。阿部君って黒が似合うよね。
初めて二人だけで行った初詣で、買って貰った小さな招き猫。５００円玉くらいの大きさのが、いっぱい店先に並んでた。阿部君が「これ、お前に似てるな」って選んでくれたのは、何だか眉が下がってるっぽい顔の猫だった。
卒業式の後に貰った、阿部君のミット。もう大学で野球はしないからって。オレは自分の最後のエースだから、オレに持ってて欲しいって。「こんな大事なもの貰えないよ」って言ったら、大事なものだから持ってて欲しいって。ケジメだからって。どうせ、ずっと一緒にいるんだから、同じことなんだって……。
一緒に住み始めて、まず買いに行ったペアの食器。いらない食器を両方の親からも貰ったけど、お茶碗とコップはペアで欲しくて、色違いの買いに行ったんだ。あのときはワクワクしたよね。新しい環境で、新しい家で、新しい生活が始まるって。終わりが来るなんて、予想もしてなかったね。
初めて恋人として迎えた、オレの誕生日。おうちデートばかりだからって、映画を見に行ったんだったね。あの時の半券、まだ持ってたの見たら、阿部君笑うかな？ ……もう笑わない、かな。
外でペアルックなんてできないけど、こっそりペアだった、お揃いの靴下。もう小さくなって着れないけど、お揃いのジーンズ、お揃いのパジャマ。色違いのセーター、色違いのマフラー。同じブランドの財布に、同じメーカーの腕時計。
こうして見たら、お揃いの物って結構持ってたんだなぁ。
付き合って３年は長かったけど、いざ並べたら、思い出の品物は案外少ない。好きだって想いは、たくさんたくさんあったハズだけど、もしかして取り出して並べてみたら、やっぱりちょっとしか無いのかも知れない。
そう考えると、３年なんて短いもので、大人になってから思い出せば、「たった３年」って言えるのかも。
オレ達が積み上げてきたものは、山のように高いつもりでいて、砂時計の中の、ほんの一握りの砂だったのかな。
玄関の開く音がした。阿部君が帰ってきた。珍しいな、こんなお昼過ぎに。でも、オレだっていつもはこんな時間にいないから、知らなかっただけかな。そうなのかな。
あ、話し声。誰かいる。女の人？
そっとドアを開けてキッチンを覗くと、阿部君がこっちを振り向いた。
女の人と目が合った。笑ってオレに手を振った。オレは薄く笑って、手を振り返した。
ファンの人、見学の人にするように。
阿部君はそれを見て、一瞬青ざめ、女の人を部屋に押し込め、ドアを閉めた。
……青ざめたいのは、オレの方だよ？
閉められたドアを睨む。
中からは、女の人の笑い声。はしゃぐような高い声。阿部君が低くたしなめる声。
なんでオレ、泣いてるんだろう。
なんでオレ、ショック受けてるの？
もう、どうでもいいハズなのに。
どうでもいいハズなのに。
イヤだよ。
イヤだ。
オレ達の家に、女の人、連れて来ないで！
オレはカバンを持って家を出た。
最後のチョコは、置いて来た。あの思い出の墓地の中に。いつか阿部君は気付くだろうか、オレが捨てたものの中に、それがある意味に。
出会って６年。
付き合って３年。
同棲して２年１０ヶ月………オレの恋は終わった。
さよならが降り積もる（終）
→ → →To The Next Stage.
（Side A)
［*前へ］［次へ#］
[戻る]
無料HPエムペ！
携帯モード]
[
URL送信]
