Season企画小説
狂おしくキミを恋う(Side A) 1
※オリキャラが出ます。苦手な方はご注意下さい。
あの秋の日。
TV越しに見せられた光景に……オレは言葉を失った。
でも、三橋を責める権利がないのは、解ってた。
女が三橋に手を振ったら、あいつは笑って振り返した。何で? 最近、オレには笑わねーのに? そう思うとぞっとして、二人を引き離すように、ドアを閉めた。
「うわ、臭ーい! タバコ臭いよ阿部ー!」
女……安久津が、部屋に入るなり鼻をつまんだ。そういや、この間三橋も同じこと言ってたな。
あの時は、ちょっとやりすぎたと思って、すぐに謝ろうとしたんだけど、スゲー目付きで睨まれて、結局謝りそびれちまった。あんな、マウンドでバッターに向けるような……敵意込めた目で、いつからオレを見るようになったんだろう。
「うるせーな、ったく」
オレは舌打ちして、窓を開けた。冷たい風がびゅうと吹き込み、安久津が今度は「寒い」と言った。
くそ、面倒くせー。早く用事終わらせて追い出してー。
安久津は、オレが間違えて持って帰っちまった、実習ノートを取りに来た。明日は実習テストだから、今日もらわねーと勉強ができねーとか言ってるが、三橋目当てなのは判ってる。
「ねぇねぇ、三橋君、いたねー!」
ほらな、やっぱり。はしゃいだ声を上げる安久津にムカッとする。
「そりゃいるだろ。同居人だし」
「阿部ー、三橋君は有名人だよー。長く一緒にいると、アリガタミが薄れんのねー?」
有名人。アリガタミ。あっさり言われて、胸の中がもやっとする。あいつがプレイで注目されんのは、オレも嬉しい。プロを目指す以上、スター性ってのはある程度いるしな。まして投手だし、ルックスも甘いから、露出が多くなんのは仕方ねー。けど。
「三橋君ってさー、チョコ好き?」
安久津がいそいそと、紙袋から赤い箱を取り出した。ああ、チョコ。今日はバレンタインか。
「お前、人を待たしといて、そんなもん買いに行ったんかよ」
来る途中、「ちょっと買い物」とか言って、10分くらい待たされた。しかもその箱、一粒300円の高級チョコ店のだろ? その大きさ、10粒くれぇ入ってねーか? もったいねぇ。どうせ食い切れねー程のチョコの山に紛れんのに。
「あ、これ、気持ち」
ついでのように、小さな箱を渡される。この大きさ、一粒だろ。ホント気持ちだな。何、この扱いの違い?
「ねぇねぇ、三橋君に、直接渡したいんだけど」
「あー、好きにしたら?」
オレは安久津を追い出すべく、ノートを探すのに集中する。間違っちまったのはオレが悪ぃけど、うちまで来られんのはホント迷惑だ。
安久津が部屋のドアを開けるのと、ほぼ同時に、玄関の扉が閉まった。
「あー、三橋君、出てっちゃったー」
「そりゃ残念だな」
言いながら、ちょっとほっとする。
「あいつ最近ナーバスだし、そっとしといてやってくれよ」
オレの言葉に、安久津が無邪気に言った。
「へえー、恋人とうまくいってないとか、かな?」
何の気なしのセリフが、グサッと胸に突き刺さる。
「バレンタインに破局とか、寂しいよね!」
「な、勝手に決めんなよ」
「えー、何で阿部が怒んのー? 親友だから?」
「親友じゃねぇ」
恋人だ。けど、そうと言えない立場だ、オレは。
くそ。
オレは安久津にノートを押し付け、「ほら」と言った。安久津はノートを受け取り、代わりにチョコの包みをオレに渡した。
「三橋君に渡しといてー。応援してますって! あ、そうだ、直接書いちゃお」
カバンの中から黒のマーカーを取り出した安久津は、赤い包装紙にでっかいハートと、メッセージを書いた。
「好きです」
好きです、とか。簡単に言ってしまえる安久津に、ぞっとした。
安久津が帰った後。オレはその赤い箱と、オレ用の義理チョコの箱を、ダイニングテーブルの上に置いた。
そして、置きっぱなしの指輪に気が付いた。
「あれ?」
つまんで眺めてみる。俺のは小さくてはめられなくなっちまったんで、部屋に保管してあるから、多分三橋のだ。あいつ、こんなとこに置きっぱなしで。探してもねーのか。もしかして、失くした事にも気付いてねーとか?
一瞬、胸がズキンと痛んだ。
「まあ、ここに置いときゃ気付くだろ」
オレはその指輪を、安久津からのチョコの隣に置いた。そして、もっかい大学に戻るべく、戸締りを始める。
いや、その前に一服してぇ。
タバコを取り出し、火を点けて、刺激臭のある煙を思い切り吸い込む。そしてため息と一緒に吐き出す。
この後は夕方まで研究室。そんで適当に晩メシ食って、7時から9時半までカテキョーのバイト。そっからまた研究室覗いて、雑用ねぇか聞いて……。あー。
最近は連日こんな感じで、気の休まる暇もねぇ。
三橋の顔見りゃ癒されてたハズなのに、最近のあいつは泣くし、睨むし、緊張してるし……。オレにも悪ぃとこあるとは思うし、このままじゃマズイのも分かってっけど、三橋に費やしてる時間がねぇ。
けど、オレ、頑張ってんじゃん? 忙しくて、大学に泊り込んでる連中だっているっつーのに、ちゃんと毎晩帰ってんじゃん?
ここんとこずっと、三橋の部屋が閉められたままだ。あいつがいる時も、いない時も、ドアを閉めるようになったのはいつからだった?
イブの夜、レイプしちまってからか?
悪かったと思ってるよ。無理矢理、痛くして、泣かせて。けど、イヤだとか、やめてとか。……助けて、とか。セックスの最中に聞きたくなかった。
助けてって、何だよ?
オレを拒絶するようなドアを眺める。
三橋が出て行ったことに、この時、オレはまだ気付いていなかった。
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