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Season企画小説
恋人としたい事・6
 球場からの帰り道は、なんだか妙に緊張して、あんま喋ることができなかった。
 少し早めに球場を出たお陰で、電車にもすんなり乗れたけど、なんだか街中がざわめいてるみたいに感じる。
 うちを通り過ぎて、阿部さんのお店に向かったときは、なんだか妙にドキドキした。
「先生には、遅くなるって言ってあるから」
 こそりと耳元で囁かれ、ドキッと心臓が跳ね上がる。
 しっかりと繋がれた手が熱い。
 通い慣れた道のハズなのに、いつもと違う景色に見えるのは、初めてのデートの後だから、かな?
「あの、阿部さん……」
 声をかけると、「なんだ?」って優しい声が返ってきた。
 いつも優しいけど、今日はもっと優しく聞こえた。2人きりで、誰も聞いてないからかも知れない。お客さんも誰もいない。
 プライベート、って考えると、またドキッとした。

「で、デート、楽しかった、です」
 夜道を歩きながら礼を言うと、「まだ終わってねーぞ」ってくすっと笑われた。
「飯食って、それから家まで送って。おやすみの挨拶するまでがデートだ」
「そ……」
 そうか、まだデートの最中なんだ。じわっと顔が熱くなる。
 まだ終わりじゃないんだって思うと嬉しい。繋いだ手を放されて、代わりにぐいっと肩を抱かれ、ドキドキはもっと強くなった。
「むしろ、こっからが本番なんだけど」
「ほ、ほん、ばん……?」
 赤くなりながら訊き返すと、「さあな」って耳元で囁かれた。生ぬるい吐息が耳にかかって、ぞくっと痺れる。
「廉君には、まだちょっと早いかな」
 ははっ、と笑いながら肩から手を放されて、すっごく寂しくなったのはなんでだろう? 
 そりゃ、阿部さんに比べたら10歳以上年下だし、子供かも、だけど。まだ早い、って、子ども扱いされたのがちょっと残念で悔しかった。

 夕飯は、チキンステーキだった。
 300gくらいある、大きな鳥ももの1枚肉をジュウジュウ焼いて、特製ソースで味付けしてくれた。マスタードがピリッと効いてて、ちょっぴり大人の味わいでおいしい。
 オレも野菜洗ったり、付け合せのブロッコリーやジャガイモをゆでたりするの、手伝った。
「恋人の手料理食うのもいいけど、恋人と一緒に料理すんのも、結構いいだろ?」
 そんな言葉に、こくこくとうなずく。
 お店で着けてるエプロンは黒の無地の短いのだけど、台所用のは濃紺の胸まである普通のタイプので、そんなエプロン姿も格好良かった。
「廉君用のエプロンも、今度買ってきてやるよ」
 そんな会話が、すごく嬉しい。これからこの部屋に、お邪魔することも増えるのかな?
 当たり前みたいにこの部屋に来て、当たり前みたいにエプロンを着ける。そんな様子を想像すると、「わーっ」って叫びたくなるくらい嬉しくて、舞い上がった。
 恋人、って感じする。

 食事は小さな座卓を囲んで、向かい合わせに座って食べた。
 もちろん、「あーん」もした。
 ナイフとフォークで切った肉を、互いに1口ずつ差し出して食べさせ合う。この間のケーキに続いて2回目だけど、この気恥ずかしさにはまだ慣れない。
 カーッと赤面しながら咀嚼してると、「可愛いな」って笑われた。
 可愛いって、意識し過ぎだってこと? それとも、まだまだ子供っぽいってこと?
「か、わいくない、です」
 しどろもどろに言い返すと、「可愛いよ」ってもっかい言われた。整った顔にじっと見つめられて、格好良くて、目のやり場に困る。
「み、み、見ないでくだ、さい」
 文句を言うと、「ははっ」とおかしそうに破顔された。
「ほら、そういうとこ。……ホント可愛いな」
 しみじみ言われると、照れるしかない。せっかくの美味しいお肉なのに、途中から味が分かんなくなった。

 ケーキも、「あーん」して食べさせて貰った。
 今日のケーキはイチゴのショートケーキ。オレに「あーん」で食べさせた後、そのフォークを阿部さんがペロッと舐めて、「甘ぇ」って笑ったの見て、ドキッとした。
 これって、間接キスじゃないの、かな?
 そのフォークで再び「あーん」ってされて、カーッと顔が熱くなる。
 誕生日の日だって同じことしてるのに。間接キスだって意識しちゃうと、恥ずかしくてたまんない。
 最後の1口を「あーん」で食べさせられた後、もぐもぐと咀嚼しながらうつむいてると、阿部さんにふふっと笑われた。
「ホント、可愛いな」
 そんな呟きを聞いたと同時に、頭の後ろに手を回される。えっ、って思う間もなく顔を寄せられて――唇が軽く触れ合った。

 キス、だ。

 「わあっ」って言えばいいのか、「ええっ」って驚けばいいのか、頭の中が真っ白になって、何も言葉が出てこない。
 口と目をぽかんと開けて阿部さんを見ると、阿部さんは整った顔に、爽やかで優しい笑みを浮かべてた。
「……イヤ?」
 色っぽい声でそっと訊かれて、ぎくしゃくと首を振る。
 視線が阿部さんの唇に吸い寄せられて、そこから目が離せない。ゆっくり再び寄せられて、たまんなくなって目を閉じると、2回目のキスをされた。
 唇に押し当てられた、阿部さんの唇が柔らかくて気持ちいい。唇をぬるい舌でぺろりと舐められ、思わず唇を少し開けると、肉厚の舌を挿れられた。
「ん……っ!」
 驚きにビクッと揺れる肩。
 たくましい腕に抱きこまれ、ますます深くキスされる。

 恋人との初めてのキス。
 差し込まれた舌にどうすればいいのかも分かんなくて、オレからは何もできなかった。舌を舐められ、吸い上げられて、何も言えずに翻弄される。
 じわっと涙が浮かんで来たけど、決して悲しみからじゃない。
「こっから先は、もうちょっと大人になってからだな」
 そんなセリフでの牽制の方が、オレにとっては心外だった。

(続く)

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あきゅろす。
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