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Season企画小説
恋人としたい事・4
 朝は登校途中に阿部さんの店に寄り、手作りのお弁当を受け取って朝練に向かう。それから野球して、勉強して、阿部さんのお弁当を早弁して、また勉強。
 放課後の午後練の後は、阿部さんの喫茶店に行って……いっぱい話して、時々頭を撫でて貰う。
 お母さんが遅い日は、閉店の後、家まで手を繋いで送ってくれる。
「先生が帰るまでな」
 そう言って、うちでお茶を飲んだり、お母さんのカレーやシチューを一緒に食べてくれることもある。
 そんで、寝る前にはいつも電話をくれる。
 特別話す事なんてないんだけど、『もうベッドに入ったか?』とか、『宿題、全部終わったか?』なんて静かな声で話してくれる、この時間がすごく好きだ。
『おやすみ』
 電話越しに優しく囁かれるたび、鼓膜がびりびり震えて、胸まで震える。恋人っていいなぁって思う。
 毎日がそうやって過ぎてった。

 やがて5月も半ばを過ぎて、オレの誕生日も近付いてきた。
「試験、いつ?」
 そんな質問にも、ようやく迷いなく答えられるようになったけど、勉強は相変わらず進んでない。
 勉強を見てくれた阿部さんにも、呆れたように「大丈夫か?」って言われた。
 野球部の監督から「赤点取ったら、試合に出られなくなるよ」なんて注意されたばっかで、どうしようって不安になる。喫茶店でも、勉強することが増えてった。
 阿部さんに主に教わったのは、数学だ。
「赤点回避の為には、最低限、文章題以外を全部解けるようにしねーとな」
 そう言う阿部さんは、成績よかったんだろうなって思う。
 基本問題をみっちりと反復練習するのが大事なのは、野球も勉強も一緒だって。
 阿部さんが優しく教えてくれても、やっぱり数学は難しいままだったけど、コーヒーの匂いの中で静かにじっくり勉強してると、阿部さんに見守られてる気分になる。

「誕生日プレゼントは、試験終わるまでお預けだな」
 そう言われて、ええって思ったけど――。
「試験終わったら、デートしよう」
 にっこり笑いながら誘って貰えて、試験後がすっごく楽しみになった。
 デートは、オレが最初に言ってた「恋人としたい事」の1つだ。
 その他の、お弁当作って貰うだとか、「あーん」ってするだとか、手を繋いで帰るだとか……そういうのが全部、ドキドキして嬉しい気分になれたんだから、デートもきっと楽しいだろうなって思う。
 デートって、どこ行くんだろう? 野球? 映画? それとも水族館とか、かな? 考えるだけで楽しくて嬉しい。

 誕生日当日は、思いがけずチームのみんなを呼ぶことになって、お母さんにも電話したけど、阿部さんにも勿論電話した。
 みんなで家で勉強するんだって連絡したら、「よかったな」って優しい声で言ってくれた。
 中学の時に友達がいなかったこと、ずっと前に打ち明けたことあったから、心配してくれたのかも知れない。阿部さんはホントに優しい。
 閉店後には、わざわざ家にまで来てくれた。
 ほとんどみんなと入れ違いみたいになっちゃって、紹介まではできなかったけど、帰り際にみんなが「おやすみ」とか「ありがとな」とか声を掛けてくれるの見て、安心したみたい。
「いい仲間だな」
 ぽんぽんと優しく肩を叩きながら、みんなのこと誉めてくれて、いつもの何倍も嬉しかった。

 みんなが帰った後、「ちょっと歩こうか」って言われて、手を繋いで夜の道を散歩した。
 どこに行くんだろうって思ったら、阿部さんの喫茶店だ。
 閉店後の店内で、カウンターにだけ明かりを点けて、いつもより甘みを抑えたカフェラテを出してくれる。
「誕生日、おめでとう」
 そんな言葉と共に、チョコケーキをコトンと目の前に置かれて、ビックリした。
「え、これ……」
 もしかして、オレのために買っててくれたの、かな?
 ホールじゃなくて、ふつうの三角のカットケーキだけど、でもわざわざ用意しててくれたんだって思うと嬉しい。
 なのにオレ、みんなを家に誘うのを優先しちゃって、サイテーだ。けど、阿部さんは別に怒ってないみたい。
「みんなとも食べたかも知んねーけど、一緒に食べようぜ」
 って、カウンターから出てきて、オレの隣に座って来た。

「やっぱこういうのは、恋人と一緒に食うもんだろ」
 ニヤッと笑う、格好いい阿部さん。
 フォークでケーキを1口分切り取り、「ほら」って口元に差し出してくれる。
「あーん」
 こそりと言われて、ドキッとした。
 カーッと赤面しながら、差し出されたケーキをぱくりと食べる。まろやかなチョコが舌の上にねっとりと広がって、すごく甘い。
「今度はオレにも食べさせて」
 フォークを差し出され、「早く」って促されて、どうしようって思った。
 閉店後の喫茶店、2人きりの店内には人目もなくて。水を差す他のお客の気配もなくて、1口分切り取る手が、動揺に震える。

「……あ、あーん」
 そんだけ言うのにも、すっごく勇気が必要だった。とんでもなく恥ずかしい。
 オレの差し出したケーキを、阿部さんはぱくりとちゅうちょなく食べて――それから「甘ぇ」って爽やかに笑った。

 ケーキを食べた後は、また手を繋いで家まで送って貰った。
 別れ際、「これは誕プレだ」って、封筒を手渡されて、あれっ、って思う。誕プレって、試験の後までお預けじゃないの、かな?
「まあ開けて見ろ」
 笑顔で促されて、素直に封筒の中を覗くと、チケットが2枚入っててドキッとした。
 埼玉ドームの、ナイターのチケット。日付は、中間試験の最終日だ。

『デートしようぜ』

 前に言われた言葉が、ふうっと頭に浮かんで、じわじわと喜びが込み上がる。
 赤点もイヤだし、試合に出られなくなるのはもっとイヤだけど……頑張った先にデートがあるなら、何だかいくらでも頑張れそうな気がした。

(続く)

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