Season企画小説 ラブフルフィルム・中編 はい、って渡されたのはいいけど、初めて持たされたカメラは使い方すら分かんなかった。 オモチャみたいなシャッターボタンに、これかなぁと思いつつ押すのをためらう。 その下のギザギザのダイヤルは、何に使うんだろう? デジカメみたいに画面に被写体が写るわけでもないのに、どうやって撮んの? 多分もっと詳しい取説もどっかにあったんだと思うけど、そんなのを考慮してくれるほど、阿部は親切にできてない。 あれこれひっくり返して観察すると、「27枚」って書かれてて、どういう意味かなぁって思った。 27枚撮れるってこと? ええっ、それって何か、少なくない? デジカメのSDカードに記録できる枚数とは桁が違ってて、ショボいのか高級なのか、判断に困る。 デジカメみたいにひょいひょい気軽に撮れないってこと? でもその割に阿部、さっき、オレの写真をどうでもよさそうに撮ってたよね? どんな顔で写ったんだろうって気になるけど、簡単には中身が見れなくてモヤッとする。 何をどうすればいいのかさっぱり分かってなかったけど、阿部に言われた通り、駅前のカメラ屋に行くしかないのかな? ぐるぐる考えながら動けずにいると、「あれ」と阿部の声が聞こえてきた。 「まだいたのか。何してんだ?」 「はあっ!?」 まだいたのかって、何それ? 怒っていいのか殴っていいのか、人間、とっさには判断付かないもんなんだね。絶句して言い返すこともできないでいると、手に持ってたカメラを取り上げられた。 「プレゼントっつったろ。早く現像して、そのヘタレを何とかして来いよ」 カシャッ。オモチャみたいな音と共に、またフラッシュが光る。ジーコジーコとギザギザのダイヤルを回した阿部は、「あ……」と回しながら眉をひそめた。 「最後の1枚だったみてーだ」 って、えっ、どういう意味? 「まあいーじゃん、ちょうどいーだろ。使い切ったんだから、現像して来いって。中にはオレらの愛が詰まってっからさ」 オレらの愛、って。 三橋の肩を抱きつつそう言われると、何か余計に怖いんですけど? しかも現像って、多分だけどタダじゃないよね? えっ、それ、オレに払えって? プレゼントって、何だっけ……? 遠い目をしながら呆然とたたずむオレの前で、阿部は鍵を貰って来たらしく、裏グラのフェンスの戸を開けた。 ホントに自主練するんだな。そう思うと感心しなくもないけど、手ぶらで来た以上やれることもないし、どうしようもない。 フェンスの向こうで阿部と三橋は、きゃっきゃうふふと笑い合いながら、ストレッチを始めてる。 ……いいけどね、この疎外感は何だろう? はぁー、とため息つきつつ2人のストレッチを眺めてたら、「水谷、君」と三橋に呼ばれた。 「あの、しゃ、写真、渡したら、喜ぶと思う、よっ」 「はあ?」 訊き返しながら、手に持ったままのフィルムカメラに視線を落とす。 写真って、これ? 喜ぶって、誰が? 「三橋、ヘタレは放っといて行くぞ」 用具室から取って来たらしい、防具一式を身に着けながら、阿部が三橋をブルペンに誘う。 誘われた三橋は嬉しそうに「うんっ」と笑って、感心するくらい幸せそうだった。 いや……別に、羨ましくはないけどね。阿部に好かれても三橋に好かれても特に嬉しくないし、好きにすりゃいいと思うけど、何となく空気が熱くて居心地が悪い。 ヘタレって。言いにくいことハッキリ言ってくれるよね。けど、それを否定できない自分がいて、何とも言えない気分になる。 阿部や三橋に好かれたって嬉しくない。オレが好きなのは、正捕手でもエースでもなく、マネージャーで。マネージャーじゃなくても、笑顔が可愛くて元気で優しい篠岡のことが好きだった。 野球優先だとか、甲子園優勝が先とか、そんなのただの言い訳だ。告白する勇気も、玉砕する覚悟もないだけなんだ。 そういうとこがきっと、ヘタレなんだろう。オレだってホントは分かってる。 けどさ、仕方ないじゃん? どうすればいいっての? 野球優先って、当の篠岡も思ってない? 2人に別れを告げ、自転車にまたがってぐいっと漕ぎ出す。 一瞬迷ったけど駅に向かったのは、カメラの中身が気になったからだ。 ヘタレヘタレ連発しながら、このカメラ渡して。わざわざ正月明けに人のこと呼び出してくれたからには、それ相応のモノが写ってると思っていいんだよね? 「すみません、これお願いできますか?」 駅前のカメラ屋にフィルムカメラを持ち込むと、阿部に聞いてた通り「30分ほどお時間頂きます」って言われた。 料金表を出され、あれこれ言われたけどさっぱり分かんないから、一番安いのでって頼む。CDに焼くかって言われてうなずいたけど、何のことかも理解してるとは言えなかった。 かなり出費だなぁと思ったけど、顔には出さずに注文を終えて店を出る。 現像を待つ間の30分が長かった。 誕生日なのに、バカなことしてるなぁってちょっと思う。出費のこと思うとカフェに入るのもためらわれて、本屋で立ち読みして時間潰した。 キッチリ30分経った後、預かり証を持ってカメラ屋に出向くと、お店のお姉さんはにっこり笑って、大きな封筒をカウンターに置いた。 「このお写真でよかったですか?」 封筒の中から1枚取り出し、確認のためにオレに見せてくれるお姉さん。 その見本の1枚には、いい笑顔の阿部がドアップで写ってて、正直うなずくのを迷ったけど――阿部の背後に、赤い鳥居が見えてハッとした。 しめ縄の飾られた、赤い鳥居。 後ろには大勢の参拝客が写ってて。初詣のかなって、そう思ってドキッとした。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |