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Season企画小説
ぬるま湯にはもう浸かれない・4
 例の写真を見た後、三橋は動揺しまくりで、その日は練習にも集中できなかった。オレの顔も真っ直ぐに見られねぇみてーで、投げ込みすらままならねぇ。
 マンションに帰った後は、青い顔で謝られた。
「ごめん、オレ……」
 言葉を詰まらせたまま、目線を下げる三橋。
 謝られると余計空しい。胸の奥に、小さな氷の固まりが1つできる。
「いーよ、別に」
 軽く流して目を逸らすと、更に言われた。
「でもっ、お、男同士で、キモいっ」

 その言葉こそ、グサッときた。
 男同士でキスなんて、そうだよな、普通はキモいよな。抱き合うのもキモい。好きだって思うのもキモい。
 けどオレだって、あの夜まではそう思ってたし、三橋のこと責めらんねぇ。
 ふっ、と自嘲する。
 あのキスが初めてじゃなかったって教えてやったら、三橋はどうする? 週に1、2度、ここで酒を飲む度に、オレとさんざんキスしてたって。教えてやったら信じるか?
 一瞬浮かび上がった凶悪な思いを、首を振って封じ込め、目の前の猫毛頭をぽんと叩く。
「キモくなんかねーよ。メシにしようぜ」
 話題を切り替えて背中を向け、さっさとダイニングに移動すると、三橋は沈んだ声のまま「うん……」と気のねぇ返事した。

 何の解決にもなってねぇって分かってる。先延ばしにしたって、何もいいことねぇって。続けるべきじゃねぇ。離れるべきだって、それも全部分かってる。
 三橋が酒を飲まなきゃいいんだ。禁酒を徹底させればいい。酒を勧められても、キッパリ断れるようになればいい。
 オレは、三橋にオレ以外の誰ともキスして欲しくねぇ。
 三橋が人前で酔っぱらったりしなけりゃ、そんな事態にはなんねーんだし。だったら、禁酒させる方が手っとり早いハズなんだ。
 分かってる。オレさえ諦めりゃいいんだって分かってる。
 けど、好きなのはどうしようもなかった。伝えるつもりはねぇけど、気持ちを偽ることもできねぇ。
 せめて、卒業するまで。
 それか、三橋に好きな女ができるまで。しばらくはオレだけに、あの可愛い酔い姿を独占させて欲しかった。

 飲酒の特訓を続けようって言うと、三橋はビックリしてためらった。
「う、えっ、でも……」
 だんだん下向きになる顔を見て、モヤモヤと苛立ちが募る。そんなにオレとのキスがイヤだったのか?
「たかがキスくらいで、ビビってんじゃねーよ!」
 口調を強めて叱りつけると、三橋は「たっ」とか「びっ」とかさんざんドモって、ますます顔をうつむけた。
「で、でも、阿部君に悪い」
 って。オレじゃなきゃいいのか? そうじゃねーだろ?
「一生酒を飲まねぇで過ごす訳にもいかねーんだしさ。先輩らも言ってたけど、女子相手にやらかすと面倒だろ? だったら、やっぱ今のうちに何とかした方がいーんじゃねーの?」

 三橋の説得には自信があった。口でコイツにかなわなかったことはねぇ。
 三橋は困ったように黙ってたけど、反論のネタはなかったみてーだ。結局大人しく、またオレとの特訓を受け入れた。
 けど、酔えるような精神状態じゃなかったんかな?
 写真を撮られた宴会から数日後の、2人だけのマンションのリビングで――。
 三橋は神妙な顔のまま酒を飲み、にこりとも笑わねぇままオレじゃなく、ソファにくてんと身を預けた。
「三橋? 酔ってんのか?」
 オレの言葉に顔も上げず、「ん……」と短く返事する三橋。
「眠い……」
 って。オレに腕を伸ばすこともなく、ラグの上にこてんと横たわる。今までとは明らかに違う、「普通」の酔い方にゾッとした。

『ふぁあ、あん、あべくん』
 耳元に、いつもの甘い声がよみがえる。
 高い体温。甘いニオイ。ぎゅうっとしがみついてくる強い腕……。酒を飲ませりゃいつでも与えられてた恩寵が、いきなり失くなってうろたえる。
「三橋?」
 声をかけて顔を覗き込むと、三橋はラグの上で丸くなって、深い寝息を立てていた。

 無防備な寝顔に手を伸ばす。
 頬をぺちぺち叩いても、ちょっと眉をしかめるだけで起きやしねぇ。
「おい、寝たのか?」
 肩を掴んで揺さぶると、ごろんと仰向けに寝転がる。柔らかな唇がぽかんと開いて、けど、何も言われなかった。
 普通の酔っぱらいだ。
 厄介な甘え癖もねぇ、キス魔でもねぇ、大人しく飲んで酔い潰れただけの、三橋らしい酔っぱらい。
 こんな風に酔えるんなら、心配ねぇ。きっと、飲みながら気を張ってたせいなんだろうけど。こんな酔い方をいつもしてくれんなら、気が楽だ。
 喜ばしい。
 これからも、こうであればいい。
 そう思うのに――なんでこんな、胸がざわざわするんだろう?

 大人しく寝たままの三橋に、顔を寄せて口接ける。
 いつもより薄いアルデヒド臭は、オレを酔わせるには弱くて。必死に耐えるまでもなく、理性がなくなるなんてこともなかった。

 「普通」の酔い方の時は、記憶もしっかり残ってるらしい。
「うお、オレ、寝ちゃった、な」
 翌朝、むくっと起きてそう言われた時はドキッとしたけど、幸いにもキスはバレてなかった。
「……やればできるんじゃねーか」
 にっこり笑って誉めてやると、嬉しそうにしてたけど、オレは逆に寒かった。
 それから何度か特訓を繰り返したけど、甘え癖が完全になくなった訳じゃなかったし、何回かに1回は、やっぱキス魔に変貌した。
 オレからそっとするキスも、酔った三橋に奪われるキスも、失いたくねぇけどどっちも空しい。
「三橋、好きだ」
 そっと告げて、唇を重ねる。
 三橋からの返事は、1度もなくて。三橋の記憶も、やっぱ残ってなさそうだった。

(続く)

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