Season企画小説
ミハシンデレラと魔王のお城・4
青年は、アベルベットと名乗りました。
「ミハシンデレラ、可愛い名前だな。お前にぴったりだ」
髪をふわっと掻き上げられ、その心地よさに、ミハシンデレラの白い顔が一瞬でピンクに染まります。
その様子に、またアベルベットが優しく笑うので、ミハシンデレラの顔はもっともっと赤くなるのでした。
それにしても、なんと魅力的な青年なのでしょう。
金糸銀糸の豪華な服に包まれた、ミハシンデレラとは違うたくましい体。黄金の王冠も、その下の顔も、輝くように美しく立派で、目のやりどころに困ります。
そんな状態で、うまく踊れるハズもありません。
「オレに全部委ねりゃいーんだよ」
響きのいい声で囁かれ、間近で微笑まれて、ミハシンデレラはどうすればいいのか分からなくなってしまいました。
「ワルツを」
ピシッ。アベルベットが右手を上げ、高らかに指を鳴らしました。それを合図に曲が変わり、ゆったりとした3拍子の音楽が始まります。
先ほど、基本の基本だけを教わりましたが、それでうまくいくでしょうか。
左足、右足、閉じる。左足、右足、閉じる。青年に導かれるまま、足運びだけを意識して、ミハシンデレラは懸命に踊りました。
後ろへ、後ろへと進まされながら、ゆっくりと反時計回りに進んで行きます。
たくさんの煌めくシャンデリア。楽しげな音楽、周りでくるくる回る人々。
ミハシンデレラが動くたび、華やかな黒とオレンジのドレスも、ひらりと風をはらみます。
腰を抱く彼の手のひらが熱くて、繋いだ手も熱くて、それだけで目が回りそうでした。心臓が激しく打ち鳴ります。
しっかりと腰を引き寄せられ、そのまま後ろへ後ろへと下がらされるせいで、自然に背中が反って来ました。
優美だけれど、慣れないので不自然な体勢。支えて貰えなければ、今にも倒れてしまいそう。アベルベット青年の、腰を抱く手だけが頼りです。
左足、右足、閉じる。左足、右足、閉じる。心の中で繰り返し、もう何度唱えたでしょう。そして、もう何度彼の足を踏んでしまったことでしょう。
かかとで、爪先で、むぎゅっと踏むたびに、乱されるステップ。
「いてっ」
大して痛くもなさそうな悲鳴と共に、ぐっと抱き寄せられて、約束通り彼の唇が降りて来ます。
最初のキスは左頬に。その次のキスは右頬に。額、小さな鼻のてっぺんと、あちこちに散らされた口接けは、やがて可愛らしい唇に重ねられました。
「んっ……や……」
弱々しく拒絶の声を上げるミハシンデレラでしたが、まるで拒絶にはなっていませんでした。
それに、約束は約束です。
「お前が足、踏んだからだろ」
そう言われれば、反論もできません。大人しくキスを受けるしかないのでした。
それにしても、どうして彼は、こんなに楽しそうなのでしょう?
ミハシンデレラなど、貧相でドジでみそっかすで、魅力的なところなど何もないと思うのに。どうしてこんな、優しい目でミハシンデレラを見つめるのでしょう?
「好きだぜ。お前は?」
耳元に愛を告げられて、ミハシンデレラは震えました。
胸の奥がぎゅーっと痛みましたが、初めてのことなので、それが何なのかは分かりません。
「ふあ、待って。オレ、男……」
仰け反ってアベルベットを避けようとしても、腰を抱く手は離れません。
「んなの、関係ねーよ」
くくっと笑う端正な顔。ああ、なんと魅力的なのでしょう。
ミハシンデレラはつい見とれて、そしてまた、むぎゅっと彼の足を踏んづけてしまいました。
「いてぇ」
優しい笑顔のまま、文句を言う青年。
整った顔を当然のように寄せられれば、夜の匂いのキスを拒みきることはできません。
唇を強く押し当てられ、優しく吸われ、驚きに緩んだ唇の隙間に、肉厚の舌が差し込まれます。その舌の熱く、甘いこと。
「んっ、んん、あ……っ」
うわずった声を上げる内に、キスはどんどん深くなり、腰を抱きしめる腕は、どんどんと強く熱くなっていきます。
ついには踊っていられなくなり、完全に立ち止まってしまいましたが、アベルベットはキスをやめませんでした。
口の中を自由に動き回り、あちこちを舐めていく肉厚の舌。
歯を、歯茎を舐められて、頬の裏、上あごの下を舐められて、やがて舌を絡め取られ、キスが深まります。
こんなの、オレ、どうしよう? ミハシンデレラの足は、もはやカクカクと震え出し、力が入らなくなっています。
熱に浮かされ、ぼんやりと滲む視界に、無数のシャンデリアが映りました。
高い天井、華やかな壁紙、美しい美しいお城です。
軽やかなワルツの曲に合わせ、2人の周りでくるくると踊る、着飾った紳士や淑女たち。魔女や魔法使い、狼男の仮装。この世のものとは思えません。
ダンスをやめ、キスしてばかりの2人は、さぞ邪魔でしょうに。誰もこちらをちらりとも見なくて、それもミハシンデレラは不思議でした。
ふいに、ぐっと強く背中を抱かれました。
「疲れたか?」
アベルベットが、ミハシンデレラをまっすぐ見つめて、耳元に優しく問いかけます。
疲れたというよりも、もうこれ以上、ダンスを続けられません。
「風に当たろーぜ」
やんわりとバルコニーに誘われて、ミハシンデレラはうなずきます。
ひと気のないバルコニーに出たらどうなってしまうのか、それすらもぼうっとした頭では考えられませんでした。
「魔王様、お気に召しましたか?」
執事がするすると近付いて、アベルベットにうやうやしくおじぎしました。
魔王と呼ばれた青年は「ああ」とうなずき、ミハシンデレラのドレスの肩を抱き締めます。
「なめらかな白い肌、くもりのねぇ純な心、照れる様子も、恥じらう顔も、何もかも好みだ」
何もかも好みだ、と――青年の呟きは、本当なのでしょうか。
(続く)
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