Season企画小説 ミハシンデレラと魔王のお城・3 やがて通された大広間では、盛大なパーティが開かれていました。 賑やかな音楽がフロア一杯に響き、たくさんの紳士淑女が、くるくると華麗なダンスを踊っています。 どうやら仮装パーティのようで、狼男やミイラ、ゾンビなど、有名なモンスターの格好をしてる人もいました。魔女や魔法使いもたくさんいます。 そうか、仮装パーティなのか。ミハシンデレラはそれを見て、ちょっと安心しました。仮装だというなら、こんな格好をさせられたのにも納得がいきます。 ミハシンデレラの女装など、可愛いものだと思いました。 ダンスフロアの向こうには、ミハシンデレラの期待通り、美味しそうなご馳走がテーブルに山盛りになっています。 ミハシンデレラに魔法をかけた、あの小さな老婆の言う通り。こんがりとしたブタの丸焼き、ソースたっぷりの骨付き肉、焼きたてのパンや山盛りのサラダ、みずみずしい果物……なんて美味しそうなのでしょう。 そっと一口食べると、口から全身にパァッと光が満ちるようです。 「うお、美味しいっ!」 ミハシンデレラも、パアッと笑顔になりました。 ブタの丸焼きの、この美味しさはどうでしょう。外はカリッと、中はジューシーで、塩加減も絶妙です。 方や、グレービーソースたっぷりの骨付き羊肉は、じっくり煮込んで作ったのでしょうか、蕩けるような柔らかさ。 かび臭くない、さくさくのパン。新鮮な葉野菜たっぷりのサラダ、ぷりぷりのエビのグリル。いくらでも食べられそうです。 「ワインをどうぞ、お嬢様」 側に控えていた執事が、ミハシンデレラに豪華な金のゴブレットを手渡しました。なみなみと注がれた紅色のワインは、とてもいい匂いがして美味しそうです。 お嬢様、という呼び掛けには、また少々引っかかりましたが、仮装パーティで女装しているのですから、そう呼ぶのも仕方ないのかも知れません。 誘われるままワインを飲むと、口からノドにかけてじんわりと熱くなってきます。 ゴブレットを空にすると、またなみなみとワインを注がれ、また一口。甘くてフルーティで、本物のブドウよりも美味しいと、ミハシンデレラは思いました。 「どうぞご存分にお召し上がりください」 優雅にお辞儀して執事が去った後も、ミハシンデレラは遠慮なく、ご馳走やワインを楽しみました。 やがてぺこぺこだったお腹も満タンになり、デザートまでを楽しんだ頃、ミハシンデレラは少し暑さを感じるようになりました。 ワインがあまりに美味しかったので、少し飲み過ぎたかも知れません。 風に当たりたい。そう思ったミハシンデレラはきょろきょろとフロアを見回して、大きく開けられた窓を見付けました。 ドレスを踏まないよう、そろそろと寄ってみると、優美なバルコニーに通じる窓でした。ちゅうちょなく1歩踏み出すと、心地の良い風が吹いています。 眼下に広がる広大な庭には、たくさんのオレンジの灯り……ジャック・オー・ランタンが飾られています。 真っ暗でよく見えませんが、きっと昼間は美しい庭園なのでしょう。 闇に輝くオレンジのランタンは、とても美しく幻想的でした。 「いい、なぁ……」 バルコニーの手すりにもたれ、誰にともなく呟いていると、後ろでカツンと靴音が聞こえました。 「楽しんでますか、お嬢さん?」 響きのいい、張りのある声です。振り向くと、すらりとした青年がにこやかにミハシンデレラを眺めていました。さっき見た、あの一番見事な肖像画に描かれていた青年です。 『陛下です』 執事の言葉を思い出し、何と返事していいものか、ミハシンデレラは迷いました。陛下、とお呼びするべきなのでしょうか? 確かに、豪華で美しい服を着て、宝石をちりばめた真っ黒なマントを背に流し、黄金の王冠を黒髪の上に戴いた青年は、王者のたたずまいを見せています。 仮装の王様? そんな可能性もちらりと思い浮かびましたが、それにしては堂々としてよく似合っています。 言葉に詰まったまま戸惑っていると、ふわりと頭を撫でられました。 「んな緊張すんなよ。メシ、食ったか?」 砕けた口調で話しかけられ、にっこりと優しく笑いかけられて、ミハシンデレラの表情も緩みます。 「はっ、はいっ! すっ……ごく美味しかった、ですっ」 思いっ切り強調してそう言うと、青年も「そうか」と破顔しました。 「肉も、パンも、それからお菓子、もっ、ワインも! すっごく美味しくて、あっ、甘く、てっ!」 ドモリながらも、たどたどしく感動を伝えると、青年は穏やかに笑ってうなずいてくれます。 なんと格好よく、優しい紳士なのでしょう。さすがは「陛下」と呼ばれるだけあると、ミハシンデレラは思いました。 ハタケイティ義兄さんなら、とうに怒鳴っているところですが、ミハシンデレラのたどたどしい喋りにも、青年はイヤな顔ひとつしません。 それどころか、ミハシンデレラにうやうやしく手を差し伸べて、ダンスに誘ってくれたのです。 「1曲お相手してくれませんか?」 「う、えっ、でも……」 ミハシンデレラはうろたえました。踊りたくても踊れないのです。ダンスなど、習ったこともありません。 また、どんくさく要領が悪いと言われる彼のこと。今教えてくれるとしても、すぐに覚えられる自信はありませんでした。 けれど、それを説明しても、青年は「いいから」と引いてくれません。 「大丈夫だって。オレに全部任せとけ」 魅力的な声で耳元に囁かれれば、あまり強くも拒めません。 「で、でも、足、とか踏んじゃう、かもっ」 ドレスの腰を抱かれ、バルコニーから連れ出されながら訴えると、青年は「いーぜ」と爽やかに笑いました。 「じゃあ、1回足踏むごとに、1回キスな。それならおあいこだろ?」 意味が分かりませんでした。足を踏むのとキスと、おあいこになるのでしょうか? ミハシンデレラのような、痩せっぽちでどんくさい、薄汚れた灰かぶりにキスして、何が楽しいというのでしょう? ……もしかして、女装ではなく本物のレディだと勘違いしているのでは? 「あ、あの、オレ、男……っ」 大慌てで訴えたミハシンデレラでしたが、青年は「おー」と笑うだけ。どうやら、女だと勘違いはしてなさそうですが、だからといって、安心はできません。 ぐるぐると戸惑っている内に、ミハシンデレラは青年に手を引かれるまま、ダンスフロアの真ん中に連れて来られてしまいました。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |