Season企画小説
ミハシンデレラと魔王のお城・2
馬車を見た瞬間、イヤな予感しかしませんでしたが、ミハシンデレラは「さあ、さあ」と煽られるまま、その馬車に乗り込みました。
「可愛い子ちゃん、よくお聞き。あたしの魔法は、12時までだよ」
老婆はニヤリと笑いながら、馬車に乗ったミハシンデレラを見上げます。
「いいかい、夜中の12時の鐘が鳴ったら、魔法は全て解けてしまうからね」
「うお、はい」
ミハシンデレラは、素直にこくりとうなずきました。
辺りはすっかり暗くなっていましたが、夜中まではまだ何時間もあるのです。
パーティの様子をちょっと覗いて、美味しいお肉をいっぱい食べて、それから評判のお姫様を一目見られれば、満足なのですから、心配することもないでしょう。
それに、あまり長居をし過ぎると、意地悪な義兄たちに見つかってしまうかも知れません。そうしたら、どんなに責められるか……。
いいえ、それどころか、こんな女物のドレス姿を見られたら、何と言われてしまうか想像もつきません。長居をするつもりはありませんでした。
老婆がねじくれた杖で馬車を叩くと、馬車は御者もいないまま、静かに走り出しました。
カボチャの馬車は、内装もカボチャ色一色で、ふかふかでした。前方からキィキィと不気味なネズミの鳴き声が聞こえますが、それにさえ耳をふさげば、乗り心地は最高です。
窓の外を眺めると、思ったよりもスピードが出ているようで、景色がどんどん流れています。
巨大ネズミの引く馬車を見て、街の人たちはさぞ驚いているだろうと思いましたが、どうしてなのか、人っ子一人見当たりません。
みんな、お城のパーティに出かけているのでしょうか? そう思ったとき――。
「う、ええっ!?」
ミハシンデレラは、窓の外を見て大声を上げました。
道が違うのです。反対方向に走っているのでしょう。遠くに見えていた王女様のお城は、近付くどころかどんどん遠ざかり、ついには見えなくなってしまいました。
「と、止まって、止まってぇぇっ!」
馬車の窓から身を乗り出して叫びましたが、ミハシンデレラの声に応えてくれる御者はいません。馬車を引くネズミたちは知らん顔で、キィキィと鳴きながら走っています。
一瞬、飛び降りようかと考えたミハシンデレラでしたが、そうはできませんでした。恐ろしいほどのスピードで走る馬車から、飛び降りる勇気などなかったのです。
「うお、ど、どうしよう……?」
白い顔に戸惑いを浮かべ、不安げに視線をあちこちに飛ばしても、助けてくれそうな者はいません。
やがて馬車は街を抜け、郊外を抜け、丘を越えて真っ暗な森に入りました。
老婆の魔法の効果でしょうか、馬車の中はほの明るくオレンジ色でしたが、そのせいか窓の外はますます暗く感じます。
ざざざざざ。木々が風に揺れる音がひっきりなしに響いていて、ますますミハシンデレラを不安にさせるのでした。
ああ、こんなことなら贅沢を言わず、家で大人しくしていればよかった。みんなにもそう言われていたのに。
継母やハタケイティ、カノウェンディの顔が脳裏をよぎります。
お腹いっぱい食べることもできず、ボロを着せられ、いじめられてばかりの毎日ですが、それでもそこが、ミハシンデレラの家なのでした。
恐ろしさに震えながら、一体どれくらいの時間が経ったでしょう。やがて馬車は、大きな美しいお城の前で停まりました。
ギギィ、と馬車の扉がひとりでに開いて、ミハシンデレラに降りるよう促します。
「こ、こは……?」
震える声で疑問を口にしながら、そっと馬車を降りるミハシンデレラ。
いつも履いているボロボロの木靴は、老婆の魔法でかかとの高い毛皮の靴に変わっています。
黒とオレンジの華やかなドレスは、腰のあたりからふんわりと広がって、足元が見えません。
ドレスのすそを踏まないよう、両手で豪華な生地をぐいっと掴み、ミハシンデレラは1歩1歩前に進みました。
門前に立っていた黒服の兵士がうやうやしくおじぎして、ミハシンデレラの為にお城の門を開けてくれます。
中に入るのを一瞬ためらったミハシンデレラでしたが、肉の焼ける美味しそうな匂いがお城の方から漂って来て、それを嗅いでしまえばもう、警戒感など吹き飛んでしまいました。
見事な庭園も、庭園を彩るジャック・オー・ランタンの明かりも、何も目に入りません。
その向こうに並び立つ、不気味なオブジェも。
花道のように並び、うやうやしく頭を下げる黒服の召使いたちの不気味な容姿にも、ミハシンデレラは気付きませんでした。
真っ黒で重厚な正面玄関の扉が、執事の手によって開けられます。
「さあお嬢様、陛下がお待ちでございます。どうぞ中へ」
執事が右手を胸に当て、ミハシンデレラにうやうやしく頭を下げました。
「う、お、お嬢さ、ん? へっ、陛下……?」
聞き捨てならないセリフが耳に残りましたが、執事は頭を下げたまま、それ以上何も語ってくれません。
陛下とは、王様や女王様につける敬称です。
では、この豪華なお城に住まうのは、王女様ではなく、そのお父上なのでしょうか?
天井の高い玄関ホールは黒と金で飾られていて、シャンデリアの明かりを受け、きらきらと輝いています。
太く優美な柱の合間には、今にも動き出しそうな、たくさんの石像が並んでいます。
壁には、金の枠にはめられた何枚もの肖像画。このお城の王様や、そのご家族なのでしょうか?
中でも、正面に飾られた大きな肖像画はとても立派で、そこに描かれた青年も、また美しく立派でした。
短い黒髪、すっと整った輪郭に、キリリと意志の強そうな眉、高い鼻。色っぽく垂れた目が、怖いくらいに整った顔を、ほんの少し優しげな印象に変えています。
なんて格好いい人なんだろう。ミハシンデレラはしばし空腹を忘れ、ぽかんとその肖像画を見上げました。
「陛下にございます」
執事が誇らしげに笑って、またうやうやしく頭を下げました。
「へ、いか……?」
この人が? まだ青年に見えるけれど? それとも、若い頃の肖像なのでしょうか?
(続く)
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