Season企画小説
運を呼ぶ・後編
お賽銭を入れ、ガランガランと鈴を鳴らして柏手を打つ。
野球も恋も、全力で頑張れますように。
……ヘタレ返上できますように。
元旦に来た時よりも、若干熱心にお祈りした。
「2人とも、今日がホントの初詣? それとも元旦に家族と行った?」
回廊を3人でのんびり歩きながら訊くと、2人とも元旦には家族と初詣を済ませてたらしい。
三橋は昨日まで群馬だったって。
「野球の神様のトコ、行った、よっ」
「おー、有名なとこあんな」
2人の会話を聞きながら、オレも何となく「ああー」と思った。名前は覚えてないけど、野球に関する神社、群馬にも確かあったよね。
「ケガ、なく、野球できますように、って」
三橋がそう言うのを聞いて、ちらっと阿部の顔を見る。
「おー、それが一番大事だな」
真面目な顔して三橋の頭を撫でてやってる阿部は、色々思うこともあんのかも知れない。
チームの正捕手とエース、どっちも不可欠な存在だし、ケガも故障も注意が必要だ。
オレは……どうなんだろう?
いや、勿論ケガなんかするつもりないし、自己管理もちゃんとするし、西広にレギュラー渡したくなんかないし、頑張るけどさ。
チームに不可欠な存在だって、自信を持って言えるかな?
それとも、そんなコト考えちゃうのがヘタレな証拠?
阿部と三橋に目をやると、イチャイチャとおみくじを引いて見せ合いっこしてて、ひたすらため息しか出ない。
オレも篠岡とあんなふうに……って思わないでもないけど、具体的に想像すると、どうも違う。
「どうだった、見せてよー」とか、「わっ、いいこと書いてあるじゃーん」とか。「貸して。結んであげるよー」とか……?
篠岡相手に言ってる自分が、どうも甘過ぎて想像できない。
っていうか、阿部、神様の前でスキンシップ多過ぎ。こんな態度は真似できないなぁ。けど、こうでなきゃダメなの?
野球と一緒? もっと自分からガツガツ行けってこと?
譲るなってこと?
オレ一応、レギュラーも篠岡も誰にも譲るつもりないけど。つもりだけじゃ、ダメってことなのかな?
今年2回目のおみくじには、「自分への甘えに打ち勝とう」って書いてあった。
元旦に引いた方はどうだっけ?
ほんの数日前のことももう曖昧で、全く教訓が生かされてないみたいで、ちょっと焦る。
オレ、自分にそんな甘い方じゃないと思うけど……端から見ると、違うのかなぁ?
おみくじを結んだ後、バカップルに連れられて、いくつかの屋台を見て回った。
「三橋、チョコバナナ買ってやるぞ」
恋人の肩を抱いてニヤニヤしてる阿部は、笑みが黒過ぎて、爽やかさのカケラもない。
たこ焼きとかイカ焼きとかを欲しがる三橋に、「触手系好きだな、お前」とか言ってて、聞いてるこっちがゲンナリする。
それでも、真っ赤になって微笑んでる三橋が満更じゃなさそうなのが意外だ。
えーっ、三橋、こんな男でいいんだ!?
オレはちょっと無理かなぁ……。
はぁー、っとため息をついて、ポケットからケータイを取り出す。
DVDを返しに行くだけのつもりだったのに、気が付けば家を出てから1時間以上経っててビックリだ。
特に「早く帰りなさい」って連絡があった訳じゃないけど、今日、オレ、誕生日だし。
ご馳走も気になるし、ケーキも気になるから、そろそろ家に帰ろうかな?
バカップルのお邪魔するのもナンだしね。
けど――。
「オレ、そろそろ帰るよ〜」
そう声を掛けると、意外にも「待て」って引き留められた。
「ワリーことは言わねーから、もうちょっと待ってろ」
って。
えっ、何? 何かあんの?
期待してちょっとだけテンションが上がる。
「何か奢ってくれんの?」
にっこり笑ってそう訊くと、「はあ? 何でオレが?」って真顔で言われた。
「オレの誕生日だからに決まってるじゃん!?」
とっさに言い返すと、阿部も三橋も、本気で知らなかったみたい。「へー」とか「うおっ」とか、普通に驚かれちゃった。
えーっ、じゃあなんでオレを引き留めるんだろう?
っていうか、なんで阿部、「誕生日か」ってニヤニヤ笑ってるんだろう?
そう思った時――。
「水谷君!」
後ろから女の子の声がした。
振り向くと篠岡がいて、「えーっ!?」って焦る。
篠岡は、なんでかぜぇぜぇ息を切らしてて、すごく急いで来たみたい?
そんな突然の篠岡の登場に、阿部と三橋はっていうと、ちっとも驚いてないみたいだ。
っていうか、むしろ知ってた?
「遅ぇよ」
文句を言う阿部に、篠岡が「ごめんごめん」って謝ってる。
「間に合った、ねっ」
って三橋も笑ってて、えっ、状況がよく分かってないのって、もしかしてオレだけ?
若干キョドリつつ3人の様子を眺めてると、阿部に「じゃーな」って手を振られた。
「水、谷君、おめでとう!」
三橋も笑顔でそう言って、阿部と一緒に去って行く。
「野球と一緒だぞ」
去り際に、阿部にそう言われてドキッとした。
それって……どういう意味? そういう意味? 訊きたくてもあのバカップルはもういなくて、目の前には篠岡が赤い顔して立っている。
「さっき別れてから、水谷君が誕生日なの思い出したんだ。それで、急いで探したんだけど、もういなくて……。探してる最中にね、阿部君たちに会って。水谷君のこと、もし見かけたら連絡頂戴って言ってあったの」
走ったせいなのか、ピンクに上気した顔で、そう言ってくれた篠岡はホント可愛かった。
「これ、さっき買ったので悪いんだけど、ケガ防止のお守り」
って。
ほんのりピンクの顔でそう言われたら、恋してなくてもドキッとするよ。
お守りの入った神社の白い紙包みが、いつもより神々しい。
トキメキ過ぎて、心臓が痛い。
「引き留めてごめんね。それだけ」
そう言って可愛く笑ってるけど、「それだけ」で終わらせる訳にいかないでしょ? だって、あんなに息を切らせて、走って探してくれたんだよ?
『野球と一緒だぞ』
阿部の言葉が、ぐさっと刺さる。
『自分への甘さに打ち勝とう』
さっき結んだおみくじが、頭にパッとよみがえる。
もう、ヘタレとか言わせたくない。
「じゃあ、また、7日にね」
篠岡がゆっくりと背中を向ける。
その細い手を、ぎゅっと掴んで引き留めたのは、ホントに無意識の事だった。
「待って、篠岡。オレ――」
ごくりと生唾を呑んで、ヘタレ返上に1歩踏み出す。
ほんの1時間前、お参りして行こうって思いつき、行動したことが、運を呼んだのかも知れなかった。
(終)
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