[携帯モード] [URL送信]

Season企画小説
ギャップ[・2
 ヒースロー空港って、名前は聞いたことあったけど、具体的にどこにあんのかは知らなかった。ネットで調べて、初めてロンドンだって分かったくらいだ。
 つーか、ネットで調べると航空運賃みてーな情報も出て来て、その金額のスゴさにちょっとビビった。
『ビジネスじゃなくて、ごめん』
 ってレンは前に謝ってたけど、いやむしろオレは、格安チケットでも十分なくらいだと思う。
 レンが贈ってくれたチケットはBA、ブリティッシュエアウェイで、ヨーロッパ3位、世界でも9位に入る大手の会社のものだった。
 こういう大手を使うのって、何かこだわりでもあんのかな? 仕事関係?
 機内食の味はよく分かんねーけど、飛行機ん中で飲むワインは、気分的にも美味かった。

 レンじゃねーんだからそんなに酒に弱くはねーけど、ワインのせいか、飛行機ん中でかなり寝た。
 緊張で前の日あんま眠れなかったのも効いたんかな?
 こうして昼間っから寝ちまうのって、時差ボケにいーんだろうか? ワリーんだろうか? 変な格好で寝たせいか、起きた後は体が重くて痛かった。
 10時間以上飛行機に乗ってたっつーのに、空港に着いたのがまだ昼過ぎで、改めて時差ってスゲーなと思う。
 右も左も分かんねー外国の空港で、無事に乗り継ぎできんのか心配だったけど、幸いバスで移動とかの必要もなく、同じターミナル内だったんでホッとした。
 もしかして、そういう利便性も考えて、乗る便を選んでくれたんかな? 考え過ぎか?
 レンの頭ん中は、オレにはよく分かんねぇ。
 けど、辛うじて英語が読み書きできる程度のオレにとって、英語ばっかのロンドンの空港は、思ったより難敵じゃなかった。

 次の便の出発ゲートを確認してから、まずレンにメールする。
――今、ヒースロー。1時間後に出発――
 ロンドンと日本との時差は9時間。ミラノと日本とが8時間だから、ミラノとロンドンの時差は1時間。
 こっちが14時ってことは、ミラノは15時になるのか? レンは今頃仕事かな?
 そう思ってたら、すぐにケータイが震えた。レンだ。
『もしもし』
 穏やかな声が聞こえて、ホッと息をつく。
 自覚はなかったけど、やっぱ緊張してたみてーだ。レンの声聴いて、肩の力が抜けた気がした。

「おー、もうすぐ会えんな」
『うん、楽しみ、だ』
 うひっ、と笑う声が、心地よく耳をくすぐる。
 あと数時間の辛抱だっつーのに、近いと思うと余計になんか、待ち遠しい。早く顔を見て、抱き締めたかった。

 電話を切った後、まだ時間がありそうだったんで、ぐるっとその辺を歩き回って見た。
 ショップもかなりあって、食いモンのいい匂いもしてたけど、ユーロしか持ってねーから、遠巻きに冷やかすだけにする。
 いや、もしかしたら空港内だし、ポンド以外も使えんのかも知んねーけど、それを訊いたり確かめたりするには、英語力にちょっと自信がねぇ。
 秋にレンのショーを見て以来、触発されて英会話教室には通い始めてっけど、効果がでてるかどうかは、自分じゃまだ実感がなかった。

 冷やかし歩いてる内に、ふと、デカいポスターが目に付いた。
 白を背景に、白と黒の服を着た男女が、縦割りで交互に並んでる。その中に見知った顔を見付けて、「あっ」と思わず声が漏れた。
 レンだ。
 レンはちょっと変わった形の白のジャケットを着て、右が黒、左が白のツートンのスラックスをはき、挑発するような顔でこっちを見てる。
 交互に並んだ他のモデルも似たような服装だけど、一度レンに気付くと、もう他のモデルには目が行かねェ。
 レンが一番キレイだと思う。
 搭乗案内のアナウンスが鳴るまで、オレはぼうっとそのポスターの「モデルのレン」に見とれてた。
 

 ヒースローがロンドンにあるって知らねェくらいだから、ミラノに空港が2つあるってことも、今回調べて初めて知った。
 飛行機が着いたのは、ミラノ・リナーテ空港。小さいけど、市街に近いらしい。
 ゲートを出ると、レンが迎えに来てくれてんのがすぐに分かった。やっぱ、パッと目を引くっつーか、オーラが違うと思う。
 けど、本人にその自覚があんのかどうかはちょっとビミョーだ。
「阿部君!」
 弾んだ声と共に、ぎゅーっと抱き付かれて、さすがに焦る。
「ちょっ、お前……」
 カッと赤面しながら、身をよじると、イタズラっぽく笑われた。

「みんなやってるよ、ほら」
 レンの言う通り、到着ゲート前でハグやらキスやらしてる連中は何組もいるけど、「みんな」じゃねーし。日本人にはハードルが高ぇ。
 それにやっぱ、レンは人目を引くと思う。
 そう言うと、本人は「そう、かな?」つって、首をかしげた。
「今の時期は、世界中からメンズモデルが集まってる、から、オレ1人歩いてても、目立たないと思う、けど」
 謙遜めいたことを口にしつつも、その歩き方は颯爽としてて姿勢もイイ。
 モデルが集まる街だからこそ、モデルだって一目で分かるんじゃねーかと思った。

 レンが滞在してるアパートは、空港からタクシーで20分ほどのとこにあるらしい。
 クリスマスイブなだけあって、街のあちこちがライトアップされてんのが、タクシーからでもちらっと見えた。
「明日は色々見に行こう、ねっ」
 機嫌良さそうに笑うレンが、スゲー可愛い。
 「おー」と応えつつ、さっきのハグのお返しに手を握ってやると、ビクッと肩を跳ねさせる。
 じわじわ赤面してく白い顔は、いつも通りのレンの顔だ。
 そういや初めて会った頃も、不意打ちで軽くキスしただけで、すぐ真っ赤になってたよな。
 自分からは大胆にハグしたくせに、オレに不意打ちされると赤面する、って。相変わらず、照れの基準がよく分かんねぇ。

 ふふっと笑ってると、「阿部君、エロいよ」ってこそっと言われた。
 エロいのはお前だろ、っつの。
 からかうように、繋いだ手のひらを指先で軽くくすぐってやったら、レンが「ふわっ」と口を押さえた。

(続く)

[*前へ][次へ#]

17/32ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!