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Season企画小説
後悔してる訳じゃない・9 (完結)
 三橋には、あれが何か分かんなかったみてーだ。
「木が、何?」
 1ヶ所だけ葉の茂った桜を見上げ、不満そうに訊いた。
 それに答えたのは、三橋の先輩に当たる男だ。
「ヤドリギだなー、あれ。鳥が種を運ぶらしーぞ」
「ヤドリ、ギ……」
 男の説明に、三橋がオウム返しみてーに呟く。愛想のカケラもねぇ表情は、去年の冬と大違いだ。
『ヤドリギ、ってどんなの、かな?』
 作り物のクリスマスツリーを無邪気に覗きながら、そう言ってたのを思い出す。
『ヤドリギの下でキスすると、幸せになれるんだって』
 って。

「去年さ、お前、言ってたじゃん。覚えてるか?」
 オレの問いに、三橋はすぐには答えなかった。
 口をひし形に開け、何も聞こえてねーような顔で、ぽうっとヤドリギを見上げてる。
 無邪気で無防備な横顔を見てると、あの冬の日、人目を気にしてキスできなかったことを思い出す。
 いや違う、今思い出したんじゃなくて、ずっと忘れらんなかった。あの日のヘタレた自分をずっと、オレは直視できねーでいた。
 その結果の別れで、その結果の今だ。
 三橋といるせいで弱くなってた訳じゃねぇ。元から弱かったのを認めたくなかっただけなんだ。三橋には何の落ち度も罪もなかった。
 オレがちゃんと覚悟してれば、別れる必要だって多分なかった。

「あの頃のオレには、覚悟が足んなかった。度胸も勇気も自信もなかった。男同士の関係に未来はねぇ、って、もっともらしいコト言って怖気づいて逃げた。けど、逃げた先には何もなかった。三橋……」
 呼び掛けると、梢を見上げたままの三橋の肩が、ぴくりと揺れた。
 ちゃんと聞こえてる証拠だ。こっちを向かねーのはワザとだ。
 水谷と先輩の男と、2人もギャラリーのいるとこで言うことじゃねぇ。本音言うと、しばらく耳を塞いでて欲しい。つーか、ちょっとどっか行ってて欲しい。
 けど三橋がそれを望まねぇなら仕方ねぇ。
 つーか、事情を知ってるらしいコイツらの前で言えねェってことは、むしろ覚悟が足んねぇってことになる。
 ホントは三橋の目を見て言いたかったけど。

「1回捨てたモンをもっかい拾おうなんて、虫がイイって分かってる。けど、お前以上に大事なモンなんて、何もねーんだ。もう二度とビビんねェ。掴んだ手、離さねぇって約束する。不安にさせねぇ。だから……」
 オレは一旦言葉を切って、深呼吸を1つした。
 口をへの字に引き結び、視線を桜の幹に落とした三橋は、何も言わずに耳だけをこっちに向けている。

「三橋。オレとまたもう1度、付き合って下さい」

 キッパリ告げたものの、返事はすぐには貰えなかった。への字口でそっぽ向かれたまま、元・恋人の横顔を眺める。
 緊張で心臓が止まるかと思った。
 呼吸の仕方も忘れちまって、水中にいるみてーに息が詰まる。水谷もさすがに黙ったまま、心配そうに三橋を見た。
 そうして口を閉じたままの三橋を、どんくらい待っただろう?
 オレも水谷も、黙ったままで動けなかった。沈黙を破ったのは、オレの隣の隣の部屋に住む、三橋と水谷の先輩の男だ。
「知ってるか、三橋?」
 状況に合わねぇ軽い口調で、男が三橋の肩をぽんと叩いた。
 何を話そうってつもりなのか。その距離の近さにムカッとした時――。

「ヤドリギの下では、不意打ちでキスしても許されるんだってよ」
 そんなことを言いながら、男が三橋に顔を寄せた。

「おい!」
 ギョッとしてオレが叫ぶのと、三橋が「やっ!」って叫ぶのと、ほぼ同時だった。
 パシン、と乾いた高い音が響き、三橋がひゅっと息を呑む。
 何が起こったかは、一目で分かった。いきなり顔を寄せた男の頬を、三橋が叩いたんだ。
 咄嗟にとはいえ、コイツが手ェ出すなんて思ってなかったからビックリした。しかも先輩に。いや、けど、これは相手の方が悪いだろう。
「ごっ、ごっ、お、お、せっ……」
 赤くなったり青くなったりしながら、ドモリまくって謝る三橋。
 水谷もおろおろ立ち竦み、三橋と先輩とを見比べながら困ってる。
「お前は悪くねーよ。謝る必要はねぇ」
 オレはそう言って、三橋を背中に庇いつつ、男との間に割り込んだ。
 平手打ち食らったって、同情できねェ。被害者は三橋だ。卑怯な真似しようとした男を、逆にギリギリと睨みつけた。

 と、目の前で、男が突然吹き出した。
「ぷっ、はははっ。痛ぇ、お前、容赦ねーな」
 男は軽い口調でそう言って、くっくっと肩を揺らしてる。その頬はしっかり赤くなってたけど、あんま気にしてねーようだ。
 三橋も水谷もぽかんとして、笑う男を見つめた。
「す、みません」
 蚊の鳴くような声で、2度目の謝罪を口にする三橋。
 叩かれた男はそれには答えず、両手を腰に当てて胸を張った。
「な? 体は正直だろ?」
 って。なんだソレ? 意味ワカンネー。先輩ぶってエラそうな態度だ。

 黙ってると、男が更に言った。
「三橋はさ、何でも考え過ぎんだよ。意地とか拗ねとか怒りとか、んなもんに惑わされて、見失ってどうすんだ。オレじゃイヤだって思ったんだろ? その瞬間、頭に浮かんだのは誰だ?」

 男の言葉に、三橋はギクシャクと顔をうつむけた。
 オレの方も、事態を完全に把握できなかった。
 三橋が何でもぐるぐる考え過ぎる、ってのには同意するけど、キスを迫って叩かれた方が、叩いたヤツに説教って。何だソレ?
 まさか、キスしようとしたのは小芝居か? ホントに?
 何パーセントか、本音混じってねェ? 平手打ちで拒まれなきゃ、あのままキスしてたんじゃねーのかよ?

 オレの疑問をよそに、男はまだ説教を続けてる。
「昨日だってさ、元気ねーからって遊びに連れ出したら、『フラれた相手の誕生日だから』つって言ってたじゃねーか。それは阿部のコトだろ? 阿部、お前、誕生日なんだろ?」
 話を向けられて、嫌々ながらうなずくと、男は「ほら」つって、また笑った。
 対する三橋の方は、まだうつむいて固まったままだ。
「素直になれ、な?」
 男が先輩ヅラして三橋に言った。
「それとも、ホントにオレと付き合うか? オレ、結構マジだったんだけど。こんなヘタレより、優しくするぞ?」

 冗談じゃねェ、と思ったけど、口には出せなかった。
 ヘタレって呼ばれたコトにもムカついたけど、まあ事実だし、反論できねェ。
 それにここは、オレが口出ししていい場面じゃなかった。 
 三橋は口をひし形に開け、けど何も言わずに引き結んだ。視線を落としたまま、ぎこちなく首が振られて、それを見た男が苦笑する。
 その笑みを見て、ズキッと胸が痛んだのは内緒だ。
 ヤツは……本気だった。それが伝わって、退いてくれたのも分かって、ギリッと奥歯を噛み締める。
 三橋の髪を、ヤツがくしゃっと撫でるのを、横で黙って見守るしかなかった。

 やがて、カタン、と男が自転車のスタンドを上げた。
「水谷、メシ付き合え」
 先輩の命令に、もう1人のギャラリーが「はいっ」と従う。
 緊迫してた空気が一気に緩んで、オレはそっと息をついた。
「じゃー、三橋。また放課後、部活でな」
 そう言った男の表情は、すっかり良き先輩で、良き隣人の顔だ。
 三橋がうつむいたまま、ふえっ、と嗚咽を漏らした。衝動に逆らわず、抱き寄せてキツく抱き締める。

 いつの間にか昼休みになってたみてーで、校門前はまた、朝みてーに賑やかになった。
 オレらの横を、何人もの学生が通り過ぎたけど、そんくらいで抱き締める腕を緩めたくなかった。
 こうして見ると、堂々としたっていいんだってよく分かる。
 たくさんの男女が行きかう中、オレらが男同士で抱き合ってたって、見咎めるヤツは誰もいねぇ。人目なんて、ホント、気にし過ぎてたのがバカみてーだ。
 くるっと振り向いた水谷が、片手でガッツポーズしながら大声で言った。
「阿部、誕生日、おめでとう!」
 その声に、何人かがちらっとこっち見たけど、でもそんだけで終わった。
 「おー」と小さく手を上げると、水谷と自転車を押す先輩の男が、笑い合いながら去って行く。

「……いい先輩だな」
 素直にそう言うと、三橋が涙声で「ん……」と小さくうなずいた。
「けど、オレの方が、あいつよりもっと、お前のコト好きだから」
 ぼそっと告げた言葉に、返事はなかったけど。
「ヤドリギの下だし。キスしていーか?」
 柔らかな髪を撫でながら訊くと、三橋はすんっと鼻をすすって、「や、だ」つって顔を上げ、泣きながら笑った。

   (終)

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