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Season企画小説
Jの襲来・7 (完結)
 ハッと首を巡らせて声の主を探すと、横で高瀬が「和さん!?」と驚いたように言った。
 え? 和さん? ……と、訊き返している余裕はない。
 こっちに大股で歩いて来るのは、高瀬よりも背の高い、ガッシリした体型の男だ。
 真っ黒な短髪の下、精悍な顔を無表情に引き締めて、チンピラたちを見つめてる。
「その手を離せ」
 男が、低い声で静かに言った。
 日本語だったが、ニュアンスで通じたのだろうか? チンピラ少年たちがざわつく。

「何だ、てめぇ」
 チンピラの1人が、ジーンズのポケットから銀色の何かを出した。くるんと手を回す仕草でバタフライナイフと知れる。
「和さん!」
 高瀬が強張った声を上げる。三橋もヒィッと息を呑んだ。
 けれど男は余裕の顔で――相手の攻撃をサッと躱すと、ナイフを持つ手の甲を掴み、くっとそれを内側に曲げた。
 それだけで、あっけなくカランと落ちる銀のナイフ。
 男はというと無表情のまま、続けてチンピラの関節をキメている。

 声も出せずにもがく仲間に、残りのチンピラの勢いが落ちた。
 腕はまだ掴まれたままだったが、ビビらずに、むしろ「今だ」と思えたのは、やはり酔っていたせいだろうか? 三橋はとっさに大声で言った。
「He's a Japanese karate master!」
 勿論、口から出まかせだ。けれど、男の体格にも落ち着きにも、そして一瞬でナイフを落とした技にも、十分過ぎるくらいの説得力があって……。
「ちっ、行くぞ!」
 チンピラたちはそう言うと、三橋を乱暴に突き放し、ざっと素早く逃げ去った。
 関節をキメられていた1人も、解放されるや、「くそっ」と悪態をつきつつ逃げて行く。

 その後ろ姿を見送って、はーっ、と大きく息をついたのは、その場の3人同時だった。
「和さん……格好いいっス」
 高瀬が感動したように、男に言った。
 どうやら本当に、彼が「和さん」で間違いないらしい。顔が赤い。
 高瀬がベタ惚れしてそうだったので、てっきり女性だと思っていたが、考えてみれば、阿部と三橋の関係に偏見を持たないでいてくれたのも、「同類」だったからだろう。
『和さんは、お前のダンナより格好いーぜ』
 ニヤけながら聞かされた、高瀬の言葉を思い出す。
 ナイフを持った相手を一瞬で取り押さえたあの技も、その際の落ち着きも、確かに文句なく格好良かった。

「何言ってんだ、準太。酔ってんのか?」
 男が照れたように言って、高瀬の背中をどんと叩いた。その拍子によろめく高瀬を、男が「おっと」と支えてやる。
 赤くなりながら「はあ、いえ……」と顔を背ける高瀬は、昨日までとは別人のようだ。
「すんません。今日会えるとは思ってなかったんス」
 その高瀬に、「ビックリしただろ」と答える「和さん」。
 大きな口で、ははっと笑いながら高瀬の頭を撫でるのを見て、ああ、カップルなんだなぁと思った。

「で? さっそく友達ができたのか?」
 男に話を向けられて、三橋は慌てて頭を下げた。
「は、じめまして。三橋廉、です」
「アパートメントの、隣の部屋なんスよ」
 高瀬の補足を受けつつ、自己紹介を簡単にしながら、家までの道を3人で歩く。
 男は、河合和己と名乗った。高瀬の1コ上、ということは、三橋らの2コ上だ。
 NY赴任はまだ少し先だが、短期出張で来たついでに、アパートメントを見に来たらしい。
「一緒に住むんなら、間取りや広さを直接見ときたかったからな」
 サラッとそう言って、にかっと笑う。
 笑うとえくぼができるのを見て、可愛いと言うのは少し違うが、何となく親しみやすさがわいた。

「さっきは、ありがとう、ございまし、た」
 三橋が礼を言うと、「何もしてねーぞ」と謙遜された。
「むしろ、何か英語でフォローしてくれたんだろ?」
「フォ、ローだなん、て」
 ぶんぶんと首を横に振る三橋に、高瀬が横からヒジ打ちをしてきた。まだ酔いが残ってるのか、手加減が十分じゃなくて、結構痛い。 
「どうだ、和さん、格好いーだろ?」
 自慢げに言われて、こくこくとうなずくと、「惚れんなよ?」と牽制された。
 勿論、三橋にとっては阿部が一番なので、ちらっとも心は動かない。
 動かない、が――。

 ……と、ぼうっと考えながら、アパートメント前に到着したとき、歩道の段差につまずいて、「わっ」と転びそうになってしまった。

「危ねぇっ!」
 阿部の怒鳴り声を聞いたような気がしたが、それより早く、ガシッと横から支えられる。
「おおっと」
 と、力強く抱き止めてくれたのは、和さんこと河合和己で。
「気をつけろよ」
 肩をぽんっと叩かれて、恥ずかしさに顔が赤くなった。
 酔ってる自覚は薄れていたが、考えてみれば、三橋もかなり飲んでいる。自分ではまっすぐ歩いてるつもりだが、多少よろめいてもおかしくはなかった。

 和さん、イイ人だ――と感動していた三橋の耳に、次の瞬間、再び阿部の声が届く。
「てめぇ、何やってる!?」
 恋人の怒鳴り声にビクッとしないで済んだのは、これもやはり酔ってるせいか。
「ふえ? 阿部君?」
 三橋は無防備に振り向いて、恋人の出現にふにゃっと笑う。てっきり帰りは遅いだろうと思っていたので、早くに会えて嬉しかった。
 しかしその様子に、酔っているのはモロバレだったようだ。
「酒飲んだのか!? どんくらい? 真っ赤じゃねーか!」
 阿部が大声で叱るように言った。

 それに「2、リットル?」と正直に答えてしまう辺り、まだ酔いが残っている証拠だろう。
 高瀬とのビヤガーデン行きを、阿部に内緒にしていたのも、三橋はすっかり忘れていた。いや、内緒にしたのは、阿部に気を遣ってのことだったのだが。
「とにかく、中入れ」
 ぐいっと首根っこをを掴まれて、高瀬らへの挨拶も早々に、アパートメントに連れ込まれてしまった。

 河合も、高瀬と連れ立って階段を上がった。
 もしかしたら今夜は、高瀬の部屋に泊まるのかも知れない。けど、不自然なことには思えなかった。
「三橋も願い、叶うといーな」
 別れ際に高瀬が、ニヤッと笑いながら言った。
 そういえば「和さん」が、「一緒に住むなら部屋を……」と言っていたのを思い出す。ということは、高瀬の願いは叶うのか。
 三橋の願いはというと、阿部と花火を見ることだったが――。

「今の男、誰だ?」
 部屋に入ってから、阿部が不機嫌な声で訊いた。
「今、の?」
 高瀬のことは知ってるハズだから、この場合は河合のことだろう。
「和さん、は、準さんの、パートナー、だよっ」
 にへっと笑いながら伝えると、「和? 準さん……?」と、阿部はますます顔をしかめる。
 名前呼びをしていることに、三橋の方は気付かない。
「随分仲よくなったんだな? 3人で飲みに行ったのか?」
「ううん、飲んだのは準さん、と。和さんは、さっき、危ないトコ、助けて貰って……」

「……危ないトコ?」
 阿部の声のトーンが、もう1段低くなった。
 酔った頭でも、さすがに「しまった」と思ったが、もう遅い。
 三橋はベッドに追い詰められながら、さっきチンピラに囲まれたことも、高瀬とビヤガーデンに行ったことも、ブルックリンのことも、花火のことも、予約のことも――黙ってたこと全部、洗いざらい吐かされた。
 その後に待ってるのは、当然ながらお仕置きの時間、で。
「お前のことが気になって、パーティも途中で抜けて来たっつーのに、てめぇ!」
 そんな怒りの言葉と共に、乱暴に服が剥がされた。
 「待って」と言っても、「シャワー」と言っても、待って貰える訳がない。

「メイシーズの花火は、確か4万発だったよな?」

 ベッドの上に三橋を組み伏せ、阿部がそう言ってニヤッと笑った。
 4万発、との発言にゾッとしたのは言うまでもない。
「うえっ、待っ……」
 待って、と言いかけた唇を塞がれる。
 阿部君と一緒に花火を――と、今願ったとしても、七夕はまだ先で――。

 独立記念日の祝いの花火は、閉じた目の奥で、イヤと言うほど見せられた。

   (完)
Kの襲来に続く。

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