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Season企画小説
期間限定で別れようと言われたら・5
「うわっ!」
 手が滑った、と思った時には遅かった。
 ガチャン!
 実験テーブルの横に据え付けられた洗い場に、ガラスの破片が飛び散った。
「あーあ」
 洗い場を覗いた泉が、呆れたように言った。
「ぼーっと洗ってっから」
「あー」
 泉の言う通りなので、反論もできねー。
 洗ってたフラスコ落とした場所に、他の洗い物も置いてあったから運が悪ぃ。
「うわ、メスシリンダーも割れんだな。初めて見たぜ」
 感心したように言いながら、手伝おうとはしねー。
 こういうとこ、相変わらずだ。オレじゃなくて三橋だったら、「手ぇ出すな」つって、片付けてやるんだろうに。
 まあ、今更フレンドリーにされてもキモイだけだから、勿論それで構わねーけど。

 別に示し合わせた訳じゃねーんだけど、オレと泉は、同じ大学の同じ学科、しかも同じクラスだった。
 授業はいーんだけど、学生実験は50音順で班分けすっから、ほぼ毎回、同じ班になる。
 実験によって、4人班とか6人班とか色々あるから、後ろの方の連中は、ころころメンバー変わるらしいが、ア行のオレらは4年間、まず一緒だった。
 割れた破片集めて、割れ物入れに捨てて戻ると、泉がノート書きながら話しかけてきた。
「どした、寝不足か?」
「おー、まあな」
 木曜日。岩清水がやってきて、今日で4日目だ。
 あれこれ考えちまって、ずっとろくに眠れてねぇ。
 三橋とも、ほとんど会話できてねぇ。

「三橋から何か聞いてんじゃねー?」
 こっちもノート書きながら言うと、「まーな」と言われた。
 そりゃそうか。高校1年から、こいつと三橋と田島は、ずっと3兄弟って言われてたもんな。
 三橋は田島と同じ大学で、同じくプロ目指してっから、相変わらず仲いーし。泉だって、オレを差し置いて、やっぱり三橋と連絡取り合ってっし。
 何も聞いてねー訳ねーか。

「ダメージ大きそうだな。気が気じゃねーってか?」
「あー。かもな」
 オレは大きくため息をついた。
「けどさ、一週間、よそで女と同棲されるより良くね?」
 泉が、オレをちらっと見て言った。
 よそで同棲?
「何だ、そりゃ?」
「最初はさ、一週間、ウィークリーマンション用意するとか言われてたらしいぜ」
「はあ?」
 それは初耳だった。

 あの魔女と一週間……オレらの部屋に住まわせるか。それとも、二人っきりで、よその部屋で過ごさせるか。
 どっちがマシかって……どっちだ?

 深く深くため息をついてたら、「まあ、頑張れ」と軽く言われた。
「三橋を信じろって」
「おー」
 信じてっけど。別に、疑ってねーんだけど。
 けど、な………。


 実習の終わった後は、研究室。
 けど、こっちも集中力続かなくて、早々に切り上げて終わりにした。フラスコ割った事といい、寝不足だと凡ミスが増える。
 ミス重ねてイヤな気分になるより、さっさと帰って気分転換したほうがいい。
 ただ……今、アパートに帰っても、気分転換にはなりそうになかった。寝不足のそもそもの原因はあの女で、あの女はずっとアパートにいるんだ。
 一日中うちにこもって何やってんのか知らねーし、知りたくもねーけど、帰ったら絶対いるのは間違いねーから、ゲンナリする。
 編み物の道具持ってんの見かけたけど、こんな時期に編み物なんてするもんなんかな? 秋頃ってイメージあったけどな。よく知らねーけど。
 つか、やっぱ三橋用に何か編んでんのかな?

 三橋は甲子園以来、クリスマスやらバレンタインやらに、やたらとプレゼント貰うようになった。
 大体食うモンとか、可愛いモンとかが多いけど、中にはやっぱり、手編みのマフラーとか手袋なんかもあったりする。
 オレは、そういうの気持ち悪ぃ。
 どこの誰が編んだのかワカンネーもん、身に着けたくねーし。髪の毛とか、編み込まれてそうな気がして怖ぇし。
 三橋も……オレがイヤそうにしてんの知ってるから、そういう手編みの物は、一回も身に着けたことがねぇ。
 けど。岩清水のは、どうなんかな。
 少なくとも、知り合いだし。
 ごっこ遊びとはいえ、カノジョだし。
 ……オレが「イヤだ」っつー権利は、ねぇんかな?


 午後6時半頃にアパートに着いた。
 ドアを開けて、あれ、と思う。部屋の明かりが一個も点いてねぇ。
 三橋はまだ練習中だろうから、いなくて当然だけど……岩清水はどこ行った?
 リビングダイニングの明かりを点け、リビングのカーテンを閉めに行って、ギョッとする。

 ソファの上に、人形が寝てる!?

 いや、人間だ。岩清水だ。
 黒とグレーの編みかけの何かを、編み棒ごと握り締め、毛糸が床に転がってんのにも気付かねーで、ソファに仰向けに横たわってる。
 人形みてーに生気がねーんで、マジビビった。
「おい、あんた」
 ほっそい肩に両手を当てて、パンパンと叩きながら、大声で呼びかける。
「寝るんなら、ベッドで寝ろ!」
 すると岩清水はわずかに目を開け、オレの顔をぼうっと眺め、またゆっくり目を閉じた。

 三橋と同類か!

 オレは舌打ちして、部屋から毛布を持って来た。そして、起こさねーように、そっと上からかけてやる。
 ムカつくけど。
 体弱いっつってる女に、カゼひかせるわけにいかねーし。


 冷蔵庫の中身使って、適当に晩メシ作ってる途中で、三橋がようやく帰って来た。
「あ、れ? 阿部君、早い、ね」
 三橋が嬉しそうに、キッチンに駆け寄って来た。何か笑ってるの久々に見た気がする。
「おー、お帰り」
 思わず抱き寄せてキスしようとしたら、三橋がふいっと顔を背けた。
「だめ、だよ」
 そして、オレの胸を押して体を離し、静かに訊いた。

「岩清水さん、は?」

 オレは無言のまま、アゴでリビングの方を指した。
 三橋はソファに近付き、「うお」と小さく言った。
「雪子さん、カゼひきます、よー」
 そう話し掛けながら、毛布ごと女の体を抱き上げる。そのまま軽々と横抱きにして、三橋は彼女を自分の部屋に連れてった。

 そしてそのまま、しばらく出て来なかった。

 部屋のドアは開けっ放しのままで……だから、別に様子見に行ったって、良かったと思うけど。
 何でかな、そんな気分になれなかった。

(続く)

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