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Season企画小説
憧れからの卒業・1 (2013ホワイトデー・後輩×先輩)
「一人500円だ」
 キャプテンの花井に右手を出され、初めて今日がホワイトデーだと知った。
 バレンタインに、女監督とマネージャーから貰ったチョコのお返しを、割り勘でプレゼントするらしい。
 この間まで学年末テストだったっつーのに、もう買って来てるってんだから、相変わらずマメな男だ。
「500円? 高くね?」
 文句を言いつつ、財布から大きな硬貨を1つ取り出す。
 ホワイトデーなんて意識してなかった。それより――明日に迫った卒業式の事で、オレの頭はいっぱいだった。

「高いか? あー、まあ、明日の先輩らの花束代も入ってるからな」
 花井の言葉に、ドキッとする。
「……あー、そう」
 素っ気ないフリを装って、簡単に返事しながら、オレはぎゅっと500円玉を握り締めた。
 西浦高校硬式野球部、1期生の先輩が――明日、卒業してしまう。
 そのうちの1人、初代エースだった三橋先輩に、オレはずっと片思いしてた。

 三橋先輩との出会いは、衝撃的だった。
 中学時代に苦しめられた、オレ様ノーコン剛速球投手とは正反対の、気弱なエース。
 構えたところにぴたっと入る、魔法のようなコントロール。
 どれだけ打ち崩されても、崩れないメンタル。
 その陰にある努力。
 この人に尽くそうって、本気で思った。先輩も、オレを頼りにしてくれた。
 それが恋になるのに、時間も理由もいらなかった。

 でも、言うつもりはなかったんだ。だって男同士だし。バッテリー組んで、いつも隣に立たせて貰って。
「阿部君がいれば、勝てる」
 試合のたびにそう言って貰えて。それだけでオレは、満足だった。


 チャイムが鳴るより早く、学級委員が教壇の前で大声で言った。
「予行練習でーす。体育館に移動なー!」
 全員がその声で立ち上がり、ぞろぞろと体育館に向かう。
 ほら、やっぱホワイトデーより卒業式だ。
 といっても練習だから、そう厳かでもなく行われた。何がおかしいんだか、女子のくすくす笑いが目立つ。
「卒業生起立、礼、着席」
 式次第のカンペを見ながら、淡々と号令を出す教頭。それに合わせて立ったり座ったりを繰り返す卒業生は、全員参加でもねぇらしい。空席が目立つ。

 無意識に、薄茶色のふわふわ頭を探しちまう自分がいて、我ながら女々しいな、とちょっと思った。
 いる訳がねぇ。あの人――三橋先輩は、多忙だ。
 ずっと学校に来てねぇって聞いてる。野球推薦で進学を決めた大学の寮に、もう入寮してるって話だ。練習にも参加してるって。
 何よりも野球が1番のあの人だから、適した環境なんだろうなと思う。
「阿部君のお蔭、だ!」
 合格通知を持って、そう言って貰えただけで嬉しい。
 嬉しいけど――。

「卒業生、退場」
 マイクを通した教頭の声に、3年生が一斉に立つ。オレは周りに合わせて拍手しながら、1組から順に退場していく、先輩たちを見送った。
 三橋先輩は3組だったか。
 やっぱりその中に、求める柔和な顔は無くて、分かってたけど残念だった。
 ホワイトデーなんか、関係ねぇ。
 つーかむしろ、女子に囲まれて誰かにお返しを渡す姿を見せられるよりは、いっそいねぇ方がいい。
 見返りを期待した訳じゃなかったから。


「運動部員はそのまま残って、解散」
 教頭の言葉に、在校生がバラバラと立ち上がった。
 設営の手伝いでもさせられるんだろう。力仕事があると、便利に使われるのが運動部員だ。オレ達野球部も、例外じゃねぇ。
 昨日、パイプイスを並べたんだってオレ達だ。
「そこ、5名で紅白幕の設置。そこ10名で来賓席の準備……」
 教頭がてきぱきと指示を出し、それに応じて生徒たちが散っていく。
「お前らは檀上の準備、手伝ってくれ」
 そう言われて移動してる途中、とん、と後ろから肩を叩かれた。
 振り向くと花井だ。一緒に壇上に向かうらしい。

「三橋さん、いなかったな」
 話題を振られて、「あー」と答える。
 一瞬、どう反応すべきか迷った。
 こいつは知ってたっけ? オレが彼に――三橋先輩に、先月チョコを渡したって。
 返事待ちだって。知ってたか?
 いや、知ってる訳ねーよな。誰にも言ってねぇし。

「明日は先輩、来るんだろ?」
 その質問にも答えようがねぇ。何たって返事待ちだし。連絡ねぇし。
「多分な」
 オレのあいまいな答えに、花井は「まあ来るよなぁ」とうなずいて、そしてついでのように言った。
「花束、お前から渡すか?」
 ドキッとした。
「はあ? 何で?」
 冷静を装って訊き返すと、他意のなさそうな顔で「だってバッテリーだろ」って。

 バッテリーなんか、とっくに解消した。オレの今の相棒は、2代目エースの2年生だ。
 けど、やっぱ三橋先輩にとっては、「バッテリー」つったらオレになるんだろうか?
 そうだったら嬉しい。
 嬉しい、けど。
「花束はやっぱ、オレよりマネージャーだろ。あーいうのは、女から貰った方が嬉しーんじゃねーの?」
 オレはそう言って、ふんと笑った。

 大体、卒業祝いの花束なんか、どんな顔して渡せばいいんだ?
 ホントはちっとも祝えねーのに。
 先に行かねーで欲しいのに。
 まだ返事も貰ってねーのに。
 分かってるのに。花束は、可愛い女子から貰った方が嬉しいだろって。
 チョコも。

「まあなあ」
 ほら、花井も同意してる。

 よいしょ、とピアノを動かしながら、オレは笑って「だろ?」と言った。
 ピアノに映った自分の顔が、全然笑ってなくてイヤだった。

(続く)

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あきゅろす。
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