Season企画小説 子猫連れ込むべからず (猫の日記念・高校生) 学校からの帰り道、家のすぐ近くの曲がり角で、猫とぶつかりそうになった。 「わわっ!」 自転車の前に飛び出して来たから、あやうく轢きそうになっちゃって。 慌てて急ブレーキをかけたんだけど、それでも間に合いそうになかったから、とっさに自転車から飛び降りた。 ガシャンと自転車が倒れて、靴の裏に衝撃が走る。 もしここに、チームメイトの花井君や阿部君がいたら怒られただろうな……と、ちょっと思ったけど、花井君は方向が違うし、阿部君は今日、学校お休みだ。 「だ、大丈夫……かな?」 オレは転がったカバンも放置して、道端の猫を拾い上げた。 猫ってすばしっこいと思うけど……ちゃんとよけてくれたかな? ケガしなかった? ドキドキしながら覗き込むと、オレを真っ直ぐに見上げてきた。 すごく小さい。 「にゃー」 小さいくせに、なんか鳴き声が低い気がする。 えっと、取り敢えず、元気は元気、みたい? でも心配だったから、明るいとこでちゃんと見た方がイイと思って、家に連れて帰る事にした。 「ちょっとジッとしてて、ねー」 片手に猫を抱いたまま、反対の手で倒れた自転車をえいっと起こす。 うちのすぐ近くで良かった。 オレはそのまま猫を抱き、片手で自転車を押して帰った。 玄関を入ってすぐ、お母さんを呼んだ。 「お母さーん、猫ーぉ」 台所からぱたぱたと出て来たお母さんは、「まあ、可愛い」って言って、オレの腕からその子猫を奪い取った。 「あのさ、さ、さっき、自転車でぶつかりそうになって」 オレの説明を聞いて、お母さんが「ええ〜?」と言いながら確かめてくれたけど、幸いかすり傷もなかったみたい。 「じゃあ、もう今日は遅いし、今夜はうちで預かろうか」 お母さんがそう言うと、その真っ黒な子猫は可愛い声で「にゃー」と鳴いた。 あれ、さっきの低い声はなんだったんだろう……ってちょっと思ったけど、気のせいだったかも? オレが晩ご飯を食べてる間、子猫はダイニングテーブルの下で、牛乳をぺろぺろと舐めていた。 夜は、オレの部屋で寝ることになった。 っていうか、変なんだけど、オレより先に階段を上がって、たたたーっと部屋に入っちゃったんだ。 まるでオレの部屋を知ってるみたい……とか、考え過ぎだ、よね。 後を追って部屋に入ると、子猫はオレのベッドの上にちょこんと座って、得意げな顔で待っていた。 「え、えと、一緒に寝る?」 オレがそう訊くと、子猫は言葉が分かるみたいに「にゃー」って返事してくれた。 不思議な子だなぁ、って思う。 毛並みもいいし、しつけもいいから、きっとどこかの飼い猫だよ、ね? 部屋の明かりを消してから、ケータイをパカッと開く。 昼間阿部君に送ったメールに、返信が来てないかと思ったんだけど……それは無いみたいでガッカリした。 阿部君は、オレが野球部でバッテリーを組む相手だ。 投手のオレをがっちりリードしてくれる、頼れる捕手。 と言っても、今は2月で投球練習はできないし、試合もないからバッテリーミーティングもない。 1年かけて、信頼し合えるようにはなったと思うけど、クラスは違うし練習も少ないし。最近はちょっと遠いなって思い始めてた。 昼間送ったメールには、「具合どうですか?」って書いた。 阿部君と同じクラスの花井君に聞いたら、「風邪らしいぞ」って言われたから。 おとといは元気そうだったのに、いきなり学校休むなんて、よっぽどヒドイ風邪だと思ったんだ。 今までオレが送ったメールに、返信をくれないことはなかったんだけど――返事もできないくらい、具合悪いのかな? 「阿部君……」 オレはぽつりと呟いて、ちょっと迷ったけど、もう1通メールを送る事にした。 ――早く良くなってね―― メールを打ってるオレの様子が気になるのか、子猫が「にゃー」って鳴きながらすり寄ってきた。 「な、なに?」 送信ボタンを押しながら、子猫の頭をそっと撫でる。 そしたら、子猫はまた「にゃー」って鳴いて、オレのケータイを前足でちょんとタッチした。 光ってるから、気になったのかな? 「こ、これはオモチャじゃない、よ」 オレは2つ折りのケータイを閉じて、子猫の前から遠ざけた。 「す、好きな人、に、メール送っただけ、だよ」 好きな人、と、つい口に出しちゃって、自分でカーッと赤くなる。 でも、ここには聞いてる人いないんだし。いいよ、ね。 そう思って子猫を見たら、いいよ、って言ってるみたいな顔をして、「にゃー」って可愛く鳴いてくれた。 「そ、その人、今日はお休みで、ね……」 こんなこと、猫に言ったって仕方ないんだけど。でも、誰にも相談できなかったし、するつもりもなかったから、喋り始めると止まらなくなっちゃった。 だって、オレの好きなのは、同じ男で、同じ野球部の仲間なんだ。 男が男を好き、とか、キモいよね。 阿部君だって、きっといい気はしないと思う。 告白なんて勇気はない、けど、もし告白しても、迷惑なだけだ。 それに阿部君は、女の子に人気ある。 この間のバレンタイン、チョコいっぱい貰ってた。 そりゃ、悔しかったし、悲しかったけど……でも、オレなんかが対抗心燃やしたってダメ、でしょ? 下手に気付かれて、嫌われたくない。避けられたくない、んだ。 今は、友達でいい。側にいたい――。 オレは、今まで心の中にため込んでた想いを、全部子猫に聞いて貰った。 語ってるうちに、もう12時だ。 子猫は途中で飽きたのか、そわそわしてたけど……オレは構わず、喋るのをやめなかった。 「にゃー」 子猫が鳴いた。 オレはそれに「うんっ」って答えて、笑って言った。 「オレ、阿部君のこと、大好きなん、だ」 と、その時。 ボンッ! 突然煙が沸き起こり、その煙の中から「オレもだ!」って声がした。 え、え、その声、阿部君? そう思ったのと同時に、いきなりベッドに押し倒される。煙の向こうから突然現れ、オレにスゴイ勢いで飛び掛かって来たのは、黒い何か、で。 「え、うえ?」 状況が理解できないオレは、キョドキョド視線を揺らしながら、震えるしかできなかった。 オレの上に馬乗りになって、誰かがくくくっと不気味に笑った。 その顔は、どう見ても阿部君で――阿部君は、なぜか全裸だった。 「にゃー」 阿部君が、低い声でオレに言った。猫と同じ真っ黒な目で、オレの方を見つめてる。 「全部聞かせて貰ったぞ、三橋。オレも好きだぜ」 そう言って阿部君は、オレに馬乗りのまま、キスしてきた。 「猫の日には猫の魔法がかかるって、ホントなんだな」 阿部君は、ぶつぶつと訳の分からないことを言ってたけど――オレはそれどころじゃなくて、何も耳に入らなかった。 オレの目の前で、凶悪なくらいに黒々と勃起してる、阿部君のソレが……怖くて。 ぬらぬらと濡れて光ってて。 誇らしげで。 「オレ達、両思いだよな?」 鼻息荒くそう言う彼に、オレは即答できなかった。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |