Season企画小説
そう禁断でもない関係・7 (にょた)
追いかけて欲しがってるのは分かってた。
追いかけるべきなんだろうな、って事も。けど――。
プシッ。
オレは2本目のビールのプルトップを開けて、ぐいっとあおった。
どうせ浴衣だ、交通機関もねぇ。この旅館からは出られねぇ。ここに帰って来るしかねーし。心配はいらねぇ。
それに……追いかけたところで、何て言ってやればいいのか分からなかった。
「バカ、か……」
投げ付けられた言葉を思い出す。
今朝も様子がおかしかったし、廉は廉で、色々悩んでんのかも知れねぇ。
やたらと欲しがんのは、不安の裏返しだったかも。
遊びだとは思ってなかった。けど、多分、本気とは言えねぇ。
30目前で本気の恋愛つったら、それはやっぱ結婚前提って事になるし。廉は姪で――。
結婚なんて、そんなの――。
目を閉じて缶をあおり、飲み下して、はー、と息をつく。のど元にビールが苦い。
『捨てないで』
何度も言われて、その度に笑ってスルーして来た。
オレから捨てることはない、けど、お前から捨てるのはアリだぞって。ずっと思ってた。
ずっと待っていた。
廉が、オレから卒業するのを待っていた。別れを告げられるのを。
「もうやめる」と言われたら、あっさりと手を放すつもりの関係。それは結局、そう大事でもなかったってことだろう。
多分。
戻って来た廉に「もう会わない」と言われても、多分オレは、傷付かない。
飲み終えた2本目のビールの缶を、ぐしゃっと握りつぶしてテーブルに放ると、カランと音を立てて転がった。
げふっとビール臭い息を吐いて、のっそり立ち上がる。
足が自然と外に向いた。
木製のつっかけ下駄に足を突っ込み、部屋の外に出る。露天風呂の方へカラコロと歩きながら周りを見回すが、廉はいねぇ。
あいつ、どこ行った?
……旅館から出たか?
まさか、と思いながら、本館の方に向かう。
ちょっと歩きにくい気がすんのは、つっかけだからか、それとも酔ってるせいだろうか?
まあ、ビール1リットルくらいで、そんな酔う訳ねーだろう。
もっかいげふっと息を吐いて、さっきの自販機に寄り掛かる。
ぐるっと見回しても、茶色いふわふわ髪は見当たらなくて、ちょっとだけ焦った。
この旅館は結構広い。
離れは平屋だし、本館だって3階までしかねーけど、敷地が広い。
廉……どこ行った?
売店にもいねーし、休憩室にもいねー。
つっても、大声で名前呼ぶ訳にもいかねー。
もっかい露天風呂の方をうろついてみるけど、まさか女湯には入れねーし。
けど、何となく、風呂に入ってる訳じゃねーような気がする。
下手くそに着た浴衣。
首元にはキスマークつけて、泣き顔さらして――悪い男に目ぇつけられたらどうすんだ?
って……オレより悪ぃ男なんか、そういねーか?
はは、と笑いながら顔に手を当てると、なんか熱い。
もう酔ったか?
でも、まっすぐ歩いてるよな?
「廉……」
出てった後にすぐ追いかけて、抱き締めて腕に閉じ込めて「行くな」つったら、こんな探さなくてよかったんかな?
じわっと後悔が胸に広がる。
けど同時に、探してどうすんだ、って思いもある。
あいつが何を望んでるかは分かってる。
けど、それに応えられねぇオレには――廉を追う資格は、ねーんじゃねーのかな?
本館の1階フロアを全部探してもいなかったから、試しに2階に上がってみた。
カーペット敷きの廊下に、客室がいくつも並んでる。
確か2階にも共有スペースがあったハズ。……そう思って階段横のフロアマップを確認し、廊下を静かに歩く。
カーペットのせいかカラコロ音がしねーで、けど摩擦があるんだろうか、ちょっと歩きにくい。
1階より暖房が利いててちょっと暑くて、オレはイライラとため息をついた。
やがて廊下の向こうに、ちょっと開けた場所が見えてきた。1階だとロビーにあたる部分。
自販機が数台と、籐椅子が数個置かれてる。
その籐椅子の一つに、見慣れたふわふわ頭があった。
「探させやがって……」
ホッとすると同時に舌打ちする。
安心もしたけど、呆れもした。
「廉ちゃん……」
帰るぞ、と言いかけて絶句したのは、廉が一人じゃなかったからだ。
向かいの席から手が伸びて、廉の頭を撫でている。
観葉植物の陰になって、こっから相手の顔は見えねー。ただ、廉が笑ってて――それだけは分かった。
カッとした。
オレの手は拒んだくせに。
そんな笑顔、もうずっとオレには見せてねーのに。
「廉!」
大声で呼びながら大股で近寄ると、廉ははじけるように立ち上がり、怯えたように笑顔を消した。
一緒にいたのは、水谷で。
「あ、阿部ぇ〜」
へらっとした笑みを向けられ、余計にイラつく。
「てめぇ!」
気付けば、浴衣の胸元を掴み上げていた。
「オレのモンに気安く触ってんじゃねぇ!」
自分で何を口走ったか、一瞬訳が分からなかった。
酔ってるせいだ。
数秒間の沈黙。
オレに胸倉掴まれたまま、水谷はぽかんと口を開けて「……へ?」と首をかしげてる。
けどオレを我に返らせたのは、背中をポカンと叩きながら、ぶつけられた泣き声だった。
「そ、な、こと……っ!」
言葉を詰まらせ、廉が後ろで大きくしゃくり上げている。
振り向くと、くしゃくしゃにゆがんだ顔で、もっかいポカリと殴られた。
「そ、思ってる、なら、どうし、て……っ?」
その顔は涙でびしょ濡れだ。
さっきまで笑ってたこいつを、こんなに泣かせたのはオレで――その事実に胸が痛んだ。
抱き寄せることもできねーでいるオレに、水谷が言った。
「よく分かんないけど……なんだ、付き合ってんの?」
付き合ってるってことになるんだろうか?
それじゃ、まるで恋人みてーだ。
でもオレ達は、恋人じゃなくて叔父と姪だ。
叔父と姪だ、けど――。
「でも、別に問題ないじゃん。血が繋がってなくて、よかったね〜」
水谷の能天気な声を聞きながら、オレは目の前の廉を見下ろした。
(続く)
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