Season企画小説
そう禁断でもない関係・6 (にょた)
「……お兄ちゃん?」
廉がぽつりと言った。
大きなつり目をこれ以上ねぇってくらい見開いて、じっとオレの顔を見てる。
下手くそに着た浴衣のあわせをギュッと無意識に握ってて、ああ聞かれたんだなと悟った。
それは廉の、不安な時の癖だった。
「義理の妹さん?」
水谷が言った。
「似てないねぇ、当たり前だけど」
陽気に笑う昔の同級生を尻目に、オレは廉に手を伸ばした。
掴んだ肩が、ビクッと震える。
オレは1つ息を吐き、水谷の方を振り向いた。
タイミングの悪さに舌打ちしてー気分ではあるけど、怒鳴り散らす程ガキじゃねーし、こいつが悪いって訳でもねぇ。
ただタイミングが悪かっただけだ。
それに……元々、秘密でも何でもねーんだし。
「じゃ、悪ぃけど」
すまなそうに言ってやると、さすがに空気を読んだのか、水谷は「じゃーねー」と手を振って去ってった。
後にはオレ達2人だけが、自販機の前に残される。
「……何か飲むか?」
ちらっと顔を見て訊いたが、廉は何も答えねぇ。黙ってオレの顔を凝視してる。
スポドリを買って手渡してやっても、廉は黙って受け取るだけだった。
やっぱ話してやらなきゃいけねーんだろうか? 帰ったら親に訊け、じゃ納得してくれねーか?
シラフで打ち明ける気にはなれなくて、オレは売店に足を向けた。
アヒルの雛のように、廉も後ろをついて来る。
500mlのビールを2本と、暇つぶし用の雑誌を手に取り、ついでに廉に「何か買うか?」と訊いたけど、返事は無かった。
部屋に戻ると、和室には布団が敷きっぱなしになっていた。さっき、起きてすぐオレを探しに出たんかな?
わざわざ片付けんのも、座卓を戻すのも面倒だし。ソファの方にどかっと座って、プシッとビールの缶を開ける。
廉も無言でソファに座った。向かいの席じゃなくて、オレの真横。
ぐっとビールをあおると、くんっと浴衣の袖を引かれる。
「……お兄ちゃん」
ようやく廉が口を開いた。
「あ、アベって、誰……?」
浴衣の袖を握る手が、小刻みに震えてる。
オレはもう一口ビールを呑んで、口をぬぐいながら答えた。
「オレの前の名前だよ。オレは……養子なんだ」
「養、子……って」
オレの言葉に、廉はキョドリながら目を伏せた。
自分のコトだけどあんま主観的には語りたくなくて、できるだけ客観的に事実だけを告げた。
12歳の春だった事。
中学の入学直前に三橋家に入り、そんで三星学園に入学した事。
実の親とは、それっきり会ってなくて、引越し先ももう分かんねー事。
跡継ぎ教育を受けて来たけど、兄貴の帰還で、それも不要になった事。
だから……家を出て、よそに就職を決めた事――。
ずっと黙ってた事に、後ろめたさが無い訳じゃねぇ。
けど、別に秘密にしてた訳じゃねーし。言う必要が無かったから言わなかっただけで、タブーでもなんでもない。
全部過去だ。
もう人生の半分以上を三橋姓で過ごしちまって、今更「阿部」なんて呼ばれても、誰の事だかワカンネー。
阿部隆也はもういない。
オレは長男の勘当をきっかけに、遠縁から貰われて来た次男。それ以上でもそれ以下でもねぇ。
家は出たけど、縁を切ったって訳でもねーし。阿部姓に戻ろうとも思ってねぇ。
オレの親父はやっぱ養父で。
「オレは兄貴の年の離れた弟で、廉ちゃんの叔父だ。今までも、これからもな」
そう言って、ふふっと笑う。
けど、頭を撫でようと伸ばした手は、サッと避けられてしまった。
「廉ちゃん?」
え、と思って真横を見ると、廉はいつの間にかオレの浴衣から手を放し、両手で自分の胸元を握っていた。
ギュッと握られた襟元から、オレの付けたキスマークが覗いてる。
大きな目が、責めるようにオレを見てた。
知らない男を見るような視線に、ちょっとだけ傷付く。
けど同時に、諦めも湧いた。
やっぱお前――「禁断の関係」に溺れてただけか。
叔父でも血縁でもねぇ男に、触れられんのはイヤか。
だったら――。
ははっと笑う。
「もう、やめようか?」
いつものように問いかけた言葉に、廉はくしゃりと顔を歪めた。
両目からたちまち涙がこぼれ、丸い頬を濡らしていく。
薄い唇が小さく開いて、けど何も言わねーまま閉じられた。
「廉ちゃん?」
もっかい手を伸ばしたけど、それは首を振って拒否された。
いつもみてーに「捨てないで」とは言わなかった。
「なん、で……今、まで、教えて……」
後半はもう言葉にならず、ただ握ったこぶしで、ドンと胸を叩かれた。
こんなに泣かれるとは予想外で、どうしたらいーのか分かんなくて焦る。
そんなショックな事か?
だったら――こんなオレなんか、やめておけ。
けど、廉が泣きながら言ったのは、こんな言葉だった。
「遊び、なの……?」
意味が分からなかった。
ただ、「違う」と言って欲しがったのだけは分かった。けど、オレは何も言わなかった。
遊びも何も――。
オレ達は最初から、傷を舐め合うような関係だったハズだ。居場所がない者同士、隙間を埋めるように抱き合っただけで――。
いつか彼女から捨てられる日を、オレは恐れながらも待っていた。
絶句したオレに、ショックを受けたような顔をして、廉がふらっと立ち上がった。
「お兄ちゃんの、バカ!」
泣きながら叫ばれた言葉に、ズキッと胸が痛む。
拒まれた手に。
泣き顔に。
知らない男を見るような目に。
傷付いた瞳に。胸が痛んだ。
「廉……」
名前を呼んでも、引き留めることはできなかった。
オレへの執着を振り切るように、キッパリと背を向けて。廉が部屋から出て行った。
(続く)
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