Season企画小説
そう禁断でもない関係・5 (にょた)
朝メシもまた、廉がママゴトのように茶碗によそってくれた。
熱い茶も、急須から湯呑に注いでくれる。
昔、何の手伝いもできねーでキョドってたのとは大違いだ。やっぱ親元で暮らすと、自然と手伝いの仕方も身につくんだろう。
「廉ちゃん、いい嫁さんになれそうだなー?」
ふふっと笑って褒めてやったら、廉がポッと顔を赤らめた。
けど――しばらくしてぽつりと言った。
「お、嫁さん、なれなくて、いい」
「はあ?」
一瞬意味が分からなかった。
褒めたつもりだったのに……なんでうつむいてんだ?
「なんで?」
どうしたのかと思って訊いたら、廉はハッと顔を上げ、オレの顔を見て、またうつむいた。
そしてそのまま、オレが食べ終わる頃まで、うつむいたまま箸を動かそうとしなかった。
なんなんだ、と思う。
朝っぱらから意味ワカンネー。
けど、さすがにそこでハッキリそう言う程ガキじゃねーし。はあ、とため息をついて腰を浮かす。
そしたら、廉の肩がビクンと震えた。
「……てない、で」
うつむいたまま、涙声で言われる。
よく聞こえなかったから「はあ?」と聞き返したら、顔を上げてもっかい言われた。
「捨てない、でっ」
とっさに返事ができなかった。
デカい目から涙がぽろぽろこぼれてて、なんで泣かれてんのか、何て言ってやりゃいーのかもワカンネー。
捨てないでって――。
オレは――。
「廉ちゃん……」
戸惑ったように声をかけると、廉はガチャンと音を立てて茶碗と箸を膳に戻し、そして両手で顔を覆った。
そして、言った。
「わ、たし、お嫁行かなくて、いい。お兄ちゃん、と、ずっと、一緒、いたい!」
ちょっとだけ胸が痛んだ。
オレと結婚したいとか言い出さねーのは、それができないと思ってるからだ。叔父と姪だから。
ずっと一緒だよ、と言って欲しがってんのは分かってる。
結婚しよう、と言って欲しがってんのも知ってる。
ウソでも、その場限りでも。きっと言葉を欲しがってる。
けど、オレは何も言わねーで、ただ側に行って抱き締めた。
オレは――待ってる。
廉に「いらない」って、捨てられる日を待ってる。
いつかこいつは、これがオママゴトだったと気付くだろう。そしてきっと憧れを捨て、ホントの恋を探しに行くだろう。
まだ16だ。人生を縛るコトはねぇ。
オレ達に結婚という未来は無い。
それは叔父と姪だからで――ホントは血の繋がりがないなんて事、一生知らずにいたっていいんだ。
抱き締めて頭を撫でてる内に、少し気分が鎮まったらしい。廉が腕の中で身じろぎをした。
腕の力を少し緩めて泣き顔を斜めから覗き込むと、廉が甘えるように、オレの胸にすり寄った。
「ねぇ、お、お兄ちゃん……」
涙混じりの湿った声。
すんすんと鼻をすすりながら、廉が訊いた。
「なんで、旅行、来たの……?」
なんでって、そんなの喜ぶと思ったからに決まってる。
3連休だし、バレンタインは仕事だから。
けどそんなこと、言わなくても分かるだろ? つーか、最初にそう言っただろ?
いつもなら、意地悪く「最後だからかな」と悪い冗談言ってやって、拗ね顔を堪能するとこだけど――さすがに今は言えなくて。
「……さあな」
オレはそんだけ答えて、廉の頭を優しく撫でた。
仲居が膳を下げに来た後、まだ廉が泣きやんでなかったから、布団も何もねーけど畳の上で抱いた。
そういや初めてん時も、床の上だったの思い出した。
浴衣着たままで激しくしてやったら、途中でこてっと寝たから、布団敷いてそのまま寝かせた。
眠くてぐずってたんかな?
昨日、そんなにムリさせたか?
よくワカンネーけど、起きたらケロッとしてて欲しいと思う。
どうしようもねー事で泣かれんのは、悪ぃけどウザい。
廉が起きるまで待ってようかとも思ったけど、TVも面白くねーし、新聞は読んじまったし。暇だから、1人で露天風呂に行った。
中途半端な時間帯だけど、家族連れでにぎわってた。
風呂の後は、売店に雑誌かなんかねーかと思って、また本館をぶらつきに行った。
自販機で昨日と同じスポーツドリンクを買い、その場で開けて一気に飲む。
と――飲み終わった時に、横から声を掛けられた。
「阿部? あれ、阿部じゃねーの?」
その名で呼ばれんのは、17年ぶりで――反応が遅れた。
人違いです、と否定もできねーで、オレはバカみてーにそいつの顔を凝視した。
見覚えがある、と思ったと同時に、ハッとした。
阿部は、オレの前の名字で。捨てた名前で。だから、その名で呼ばれんのは色々マズイ。
「あのさ……」
取り敢えず、こいつを黙らせよう。そう思って口を開いたオレに、被せるようにそいつが言った。
「オレオレ、水谷。小学校で一緒だったじゃーん、覚えてねぇ? 阿部、久し振りだなぁ」
「いや、あのさ……」
両手を上げて、制そうとしたオレに、そいつ――水谷は更に言う。
「ああ、お前、ムコ養子に行ったんだっけ? もう阿部じゃねーんだ?」
いや、ムコ養子じゃなくて、養子だけどな……と、心の中でツッコミを入れた瞬間、すぐ後ろで「えっ」と声がした。
振り向かなくても、誰だか分かった。
廉がそこに立っていた。
(続く)
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