Season企画小説
そう禁断でもない関係・2 (にょた)
長男夫婦と養父が和解した後も、オレとの養子縁組は解消されなかった。
オレはそのまま三橋家の末の息子として、大学に通い、卒業した。
用済みとなったからつって放り出されたりはしなかったけど、やっぱ家には居辛くなった。
一般企業に就職が決まったと報告すると、養父はわずかに眉をしかめた。
けど、しばらく黙った後、ふんと鼻を鳴らして言った。
「好きにしろ」
そう言われて、グサッと来た。
どうでもいい存在だと言われた気がした。
別に、束縛が欲しかった訳じゃねぇ。「許さん」と言われたら、それはそれでムカついたと思う。けど、どうにも割り切れねー思いは捨てられなくて、養父とはそれっきり気まずいままだ。
就職を機に一人暮らしを始めたいと言った時も、特に何も言われないまま、保証人にだけはなってくれた。
不和を誤魔化す為か、世間体の為なんかよく分からねぇけど、家を出る時にこう言われた。
「週に一度は顔を出せ」
交換条件かとも思ったから、今でも大体守ってる。つっても、週末の夕方顔を出して、メシ食って帰るのが多いけど。
でも、そのお陰で……居場所を失くした少女に出会えた。一人暮らしを始めて2年目の事だ。
祖父の経営する私立校に通うため、埼玉から親元を離れて群馬に来た、三橋廉。
長男夫婦の一人娘だった。
いや、それまでも何度か会ってんだから、「出会った」っつー言い方はおかしいかも知んねぇ。
けど、以前はよく見かけた屈託のねぇ笑顔が、すっかり見られなくなってて。そのせいで、まるで別人のようだった。
「理事長の孫」っつー看板を引っ提げて、あの学園に通う事が、どんな気分なのかは身を持って知ってる。
明確なイジメはねーけど、遠巻きにされて、きっと疎外感を味わってでもいるんだろう。
盆と正月にだけ来てたような親戚の家にいきなり住まわされて、環境も何もかも変わって。それがどんなに心細いか、オレには分かる。
オレがここに貰われて来た時も、同じ12の春だった。
初めて声をかけたのは、4月の終わり頃だっただろうか。週末、いつものように養父の家に夕飯を食べに寄った時。
養母や姉が夕飯の支度で忙しくしてる中、廉は中途半端に腰を浮かしたまま、何の手伝いもできねーでキョドっていた。
どう手伝えばいいか分からなかったのか。いや、手伝うと申し出たものの、断られたのかも知れねぇ。
「いいのよ、廉ちゃんは座ってて」
そう言われて台所から追い出され、けれど座布団の上にお客様のように座ってる事もできねーで。それで多分、中腰だったんじゃねーかと思う。
「よ、どうした?」
中腰になってる頭をぽんと撫でてやると、廉は眉を下げて唇をわずかに開けた。
その顔から目を逸らさねーで、隣にドカッとあぐらをかく。
養父の酒の相手より、「野菜食え」とか「よく噛めよ」とか、そいつの世話焼いてる方が楽しかった。
廉はすぐにオレに懐いた。
「お兄ちゃん」
オレのコトをそう呼び、慕って来た。
この家に居場所のない者同士、傷をなめ合うような関係だった。
バレンタインには、小さなチョコを貰った。
可愛いコトをすると思ったが、小学生の遊びの延長だろうとも思った。
多分、優しくしてくれるから懐いてるだけなんだろう。
だから、ホワイトデーにはぬいぐるみをやった。
お返しが貰えるとは思ってもなかったようで、廉はひどく喜んでいた。
「あ、ありが、とう!」
真っ赤な顔で礼を言われて、それはそれなりに可愛いとは思ったが、がっかりもした。
お返しを貰えるとも思っていなかった、チョコ。それは……父親にやるのと一緒だろう。
オレが25、レンが13歳の冬は、そんな風にして終わった。
それから3年――。
オレ達の関係は、オレのせいですっかり変わった。
「今年のバレンタインは、平日だから会えねーなぁ」
意地悪くそう言うと、廉は黙り込んで眉を下げた。
「オレも仕事だし、お前も学校だろ?」
反論を封じて、わざと突き放す。
涙ぐんだ顔に満足しながら、期待しつつ恐れてるのは、いつ廉が声を上げて泣き出すかということ。
もうやめる、と別れを告げられるのを、恐れながらも待っている。
だってオレは――捨てられる事には慣れてるけど、捨てる事には慣れてねぇ。
廉から捨ててくれんのを待ちながら、望みながら、そう振舞いながら、きっぱり背中向けらんねーのは、きっと心が弱いせいだ。
だから……なあ、こんな男はやめとけよ。
大きなつり目の目元がじわっと染まるのを見届けて、オレはようやく手を伸ばし、頬に涙を塗り広げた。
「バレンタインの日に1分だけ会うのと、その前の3連休に旅行に行くのと、どっちがいい?」
って。こうして選ばせんのもズルイんかな?
廉の答えなんか、訊かなくても分かってて。本人に訊く前に、母親への根回しも、宿の予約も全部済ませちまってるっていうのに。
「旅、行……?」
信じらんねーとでもいうようにおずおずと訊かれて、オレは意地悪く答えた。
「イヤなら別にいーんだぜ?」
そんな言い方をする度に、必死に縋り付いてくんの、可愛いと思わねー訳でもねーけど。
時々、重い。
でも、捨てるのには慣れてねーから――。
「もう、やめるか?」
そう意地悪く訊きながら、オレは今日も、捨ててくれるのを待っている。
だって、なあ廉、お前さ。「禁断の関係」に酔ってるだけだろ?
オレ達が叔父でも姪でもねーつったらどうする?
結婚もできるんだぜって。そう教えたらお前、喜ぶか……?
(続く)
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