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Season企画小説
銀籠の鳥・プラス (R18)
 世間知らずのレンには、何もかも初めてのことだった。
 発情も、交尾も。……キスも。
 いや、そもそも誰かと触れ合うことが、こんなに温かくて気持ちいいものだとは知らなかった。
 自分より少し大きな彼の体が、陰を作るように覆いかぶさる。
 力強い翼。外を自由に飛び回る為の、発達した筋肉。骨格。黒々とした体も、羽の色も、怖いくらいきれいで力が抜ける。
「好きだ」
 自分より少し低い声で、阿部が言った。
 キスされる。

 レンは彼の声が好きだ。
 耳元で「レン」と名前を呼ばれると、全身の羽という羽が逆立つような気がする。頭の先から足の先まで、レンの全部が痺れてしまう。
 力が抜けた体を、上から彼に覆われれば、もう後は導かれるままに感じるだけ。
 むせ返るような花の匂いの中に、彼の匂いがじわりと混じる。それを胸いっぱいに欲しい、と息を吸った瞬間、阿部が中に入って来た。

「あ、あああん」
 レンの高い声が、鳥籠に響いた。
 支配される。体の中が彼で満たされ、空のことも花のことも全て頭から抜け落ちて、彼しか考えられなくなる。
 鳥籠の中で閉じていたレンの世界に、突然入り込んできた外のひと。
 レンの籠の中に、寝床の中に、そして体の中にまで侵入して来た阿部という男は、レンの心の奥底にまで、深く深く自分の存在を植え付けてしまった。
「あっ、あっ、阿部くん……」
 名を呼んで彼に縋る。
 レンは歌う小鳥だから、鳴き声を抑えるなどできようがない。
 彼の動きに併せ、ただ悦びの歌を口にする。
 鳥籠が揺れる。

「あっ、あああん、ふあ、んあ」
 レンの嬌声の中に時折、掠れたような阿部の声が混じる。
「はあ、レン、こっち向け」
 レンはそれに逆らえない。
 大好きな声が耳に響くと、繋がった部分からぞわぞわと快感が押し寄せ、ビクンと腰が跳ねてしまう。
 無意識に中を締めたらしい。レンの上で、阿部が小さくうめいた。

 何しろ経験のないことだから、こんなふうにトロトロになってしまうのも、普通なのかどうか分からない。
 「好き」の後に、こんな溶けるような快感があるだなんて知らなかった。
 体を重ね、誰かの一部を受け入れる行為のその意味も。

 快楽に溺れきってしまうのは怖い。
 鳥籠が揺れる度、目が回って気が遠くなる。
 貫かれ、激しく揺らされて、自分では触れない体の奥をこすられて。何度も何度も。そして、そこからぐずぐずと溶けていく。
 何もかも阿部の思うまま。自分ではコントロールできなくて、翻弄されて、涙が出る程善くて、怖い。
 けれど、もう独りではないから、何があっても平気だとも思う。

 阿部が好きだ。
 もう彼なしではきっと、生きて行けない。

 最初は分からなかった。彼の話が好きなのだと思っていた。自分の知らない外の世界の話を、たくさん語ってくれたから。
 けれど、今ははっきりと分かる。
 阿部が好きだ。
 自分より少し低い声が好きだ。自分を組み伏せて抱く時の、掠れたような声が好きだ。強く抱き締めてくれる、力強い腕が好きだ。熱を持ってこちらを見つめる、真っ黒な目が好きだ。

 空を自由に飛べる、完全な翼を持ちながら、レンの為に自ら檻の中に囚われたひと。
 色とりどりの花の中にあっても、決して染まらずに異質でいるひと。
 強い自我を示すような褐色の羽も、その奥に隠された鮮やかな黄色も、すべて好きだ。彼が好きだ。

「阿部くん、あべくんっ」
 名前を呼んで彼に縋る。
 本当はいつでも飛び去ってしまえる彼だから、精一杯爪を立て、傷付けて、自分の印を付けておきたい。
 自分のモノに、したい。
「好き……っ」

 目の前の精悍な顔をうっとりと見つめて告げた瞬間、彼が「はっ」と息を吐いた。
 直後、奥が濡らされて、その刺激でびくびくと痙攣する。知らず、自分も達していた。
「はううー……」
 情けないうめき声が漏れた。けれどその声ごと、キスに封じられる。
「お前、反則。可愛すぎ」
 阿部が、荒い息の中で笑った。

 汗ばんだ体に抱きすくめられ、レンは、彼の肩越しに空を見上げた。
 相変わらず銀の格子に仕切られた空だったけれど、素直に心からきれいだと思った。

  (終)

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