Season企画小説 銀籠の鳥・後編 寒々しいだけだった銀の鳥籠は、今やバラやカーネーション、ガーベラやカスミソウなどで美しく飾られ、覆われている。 むせ返るような花の匂いが、囚われの鳥を包んでいる。 美しい花々の中にあって、なお負けないくらい、レンの姿はきれいだった。 ――自分とは、違う。 レンと同じ鳥でありながら、野生種である阿部はレンのような美しい羽根を持たなかった。 外敵から身を守る為、くすんだ緑や褐色に、黄色い体を隠している。 自分にはあってレンにはないモノと言えば、自由くらいしかなさそうだ。けれどそれだって、レンは欲しくもないのだろう。 ……その証拠に、何度誘っても外に出ようとはしないのだから。 相変わらず阿部には、その理由が分からなかった。 物憂げに外を眺めて、歌うしかできないでいたくせに。 軒先に吊るされた鳥籠から見える景色しか、知らないくせに。 その屋敷の反対側の庭に、赤い花がたくさん咲く木があることも、知らないでいるくせに。 もうあの木の花は終わるだろう。見せたかったのに――見たくないのか。 可哀想に思ったが、不幸ではなかったのか。 自分は最初から、勘違いをしていたのだろうか? 「なあ、もうお前、寂しくねーか?」 美しい銀の鳥籠の中、美しい花々に囲まれて、美しい羽根と声を持つ美しい鳥は、阿部の問いに幸せそうにうなずいた。 「うん、オレ、寂しくない、よっ」 「そっか……」 ならば、いい。 レンが寂しくないなら、それでいい。 「オレさ、旅に出ようと思うんだ。お前も一緒に行かねーか?」 阿部は、最後のつもりでそう言った。最後の、賭けのつもりだった。 レンはきっと、「行けない」と首を振るだろう。彼の世界は、鳥籠の中で閉じている。彼の幸せはそこにある。分かっている。けれど、もし自分を好きでいてくれるなら――。 阿部は、ほんの少しだけ期待した。賭けた。 しかし。 「お、オレ、行け、な、い」 レンは予想通り、首を振った。 「い、行かないで、阿部君。オレ、行けないんだ。行かないで」 レンは泣きそうになりながら阿部に訴えたが、阿部は苦笑して鳥籠から離れた。 銀の格子にレンが縋る。 それでも、阿部が開けてやった扉をくぐろうとはしない。花で満たされた鳥籠が揺れる。 「もう寂しくねーだろう? 元気でな」 阿部はレンに背を向けた。さっと褐色の翼を広げて、力強く羽ばたく。空を行く。 「待って!」 レンの声が響いた。ガシャンと籠が鳴り、そして直後、小さな羽ばたきの音がする。 レンが飛んだのか? ハッと振り向いた瞬間、「ああーっ」と悲鳴を聞いた阿部は――羽を広げたレンが、地面に落ちていく様を見た。 どさり、と土の上に倒れ込むレン。 弱々しく羽をバタつかせ、立ち上がろうともがいている。まさか、どこか怪我をしたのか? 飛び方も知らなかったのか? 「レン! レン! しっかりしろ! 誰か!!」 阿部は大声で人を呼んだ。駆け寄って抱き起こし、怪我がないか確かめる。 黒髪の少女が声を聞いて、長い廊下を来るのが見えた。 「レン……」 呼びかけても返事は無い。 美しい羽から泥を払ってやりながら、阿部はレンが「行けない」と言った理由を、ようやく知った。 風切羽が、切られていた。 レンは囚われの鳥だった。 外への扉が開くことも、自分が飛べないことも、きっと知っていたのだろう。 自由がいらない訳ではなかった。最初から、なかった。 「無茶さして、ゴメンな」 阿部は、初めてレンに差し入れたあの赤い花を1輪摘んで、レンの眠る銀の檻を訪れた。 季節は巡り、花はもう終わりかけだったけれど、1輪だけきれいに咲いていたのを、レンの為に頂戴した。 レンは銀糸で刺繍された柔らかな寝床に、ぐったりと横たわっていた。 餌を食べている様子もない。 「レン……」 名を呼んで、格子越しに花を差し出しても、顔も上げてくれなかった。 阿部はまたいつものように、鳥籠の扉をそっと開けた。そして、いつも望んでいたのとは逆に、自分からその扉をくぐった。 外から見ても中から見ても、やはり鳥籠は狭かったけれど、レンが外に出られないなら、一緒にいる為にはこうするしかない。 色とりどりの花の中、銀の寝床の上に、黄色いきれいな鳥が伏せる。 その鳥に覆いかぶさるようにして、阿部はレンを抱き締めた。 その手の中に赤い花を握らせて、口接けて告げる。 「好きだ」 レンは驚いたように目を見開いて、「な、なんで?」と訊いた。 なぜ阿部がここにいるのかを訊いたのか? それとも、キスの意味を訊いたのだろうか? どちらにしろ答えは1つだったから、「好きだからだよ」ともう一度言って、そしてもう一度キスをする。 きれいな体を組み伏せて、銀の寝床に沈めれば、後は自分の思いの深さを、レンの体に刻み込むだけ。 鳥籠が揺れる。 レンが美しい声で鳴く。 檻の扉が、カシャンと音を立てて閉まったけれど、阿部はもう気にしなかった。 持っていた自由と引き換えに、阿部は恋人を手に入れた。その恋人の手のひらは、阿部が外から持ち込んだ花で、鮮やかに赤く染まっていた。 (終) [*前へ][次へ#] [戻る] |